奇想と微笑 太宰治傑作編

走れメロス以外読んだことの無い人へ、あるいは、太宰作品=暗いと思っている人へ

  • ISBN(13桁)/9784334746926
  • 作者/太宰治(編者/森見登美彦
  • 私的分類/名著関連・敷居の低い本
  • 作中の好きなセリフ/

彼の傑作をバランス良く集めるというようなハンサムなことは考えずに、とくに、「ヘンテコであること」「愉快であること」に主眼を置いたから、この本はいささかアンバランスなところがある。


奇想と微笑―太宰治傑作選 (光文社文庫)(←同作品を扱う他ブログへ)


【私的概略】
 作家の森見登美彦氏が選んだ、太宰治傑作編。太宰治作品からヘンテコな作品や、面白い作品を選ららぶことで、太宰治の一般のイメージとは違う一面を切り出して見せようという、野心的な選集です。


 以下は、一覧です。全部の概要はキツいので、印象に残ったものだけ、森見氏の編集後記から概要を抜粋しますと、

失敗園
 擬人化もののお話。
 太宰の家の小さな庭にヒョロヒョロ栄養不足気味に育っている植物達が、アレコレ不満をつぶやくお話


カチカチ山 お伽草子より
 擬人化もののお話。
 昔話のカチカチ山。話の残酷な面に注目して太宰が書きなおした。
 自分はカッコイイと勘違いしている助平なオッサン狸を、美少女ウサギが残酷にイジメる話になりました。


貨幣
 これも擬人化もの。旧式の100円紙幣が「今でこそこんなにボロボロだけど、昔は人間に大層ありがたがられて、、、」という懐旧談をする。


服装に就いて
 オシャレに関する、太宰の苦労話。
 野暮な格好で平然としている人は、鈍感な人間であるとは必ずしも決まっていない。さんざん熟慮した末に苦渋の選択として野暮という境地に追いやられた、という場合もある。という話です。


佐渡
 いかに佐渡が面白くなかったか、ということが懇切丁寧に、面白くなく書いてある、というヘンテコな文章。


ロマネスク
 微妙に役に立たない特技を持つ三人の変わり者が、梁山泊のように一堂に会する。「集まりもの」らしい高揚感から次に迎えるラストが秀逸。


畜犬談
 犬嫌いで、犬に噛み付かれないように犬の心理究明を試みて失敗、逆に犬に好かれてしまうという妙な話。出だしの一文からして面白い。


親友交換
 太宰が東京を焼け出されて故郷の津軽に住んでいた頃の話。
 中学時代の旧友と名乗る男が厚かましくもズカズカ押しかけてきて、言いたい放題のやりたい放題をするという、随分無茶な話。


黄村先生言行録
 黄村先生がご執心の巨大山椒魚を手に入れようと山梨まで繰り出してくる。
 先生の珍妙さがなんだかコミカルです。


女の決闘
 森鴎外の翻訳した『女の決闘』を読者と一緒に読みこんで行き、そこに太宰が自分で考えたストーリーを差し込んで話を膨らませていく。


貧の意地 新釈諸国噺より
破産 新釈諸国噺より
粋人 新釈諸国噺より
 井原西鶴の作品をもとに太宰の解釈を加えて新しく書き直したもの。
 基本的に「ダメな人たち」の話ですが、ダメな人たちが駄目であるメカニズムを克明に描いています。


その他の作品


【感想】
 なんだか勉強になりました。「勉強」というと堅苦しいですが、小説の見方、というようなのが。


 本書は、太宰作品がズラズラ並び、編集後記で編者の森見氏が各作品の感想を述べるスタイルです。ただし、私のような小説の味わい方が分からない人は、太宰作品を一編読む前に、あらかじめ編集後記で該当作の森見氏感想を読む→太宰作品を一遍読む→あらかじめ次の一遍の森見氏感想を、、、という具合にサンドイッチ作戦で読むのが良いと思います。
 旅行に行く前に『るるぶ』とかで見所を予習しておくようなもの。かなり効率よく、太宰作品の「面白どころ」を把握できて、「あ、面白い小説って、いわゆる娯楽小説だけじゃないんだ」というのが良く分かりました。


 もう一つ印象が良いのは、森見氏の鑑賞態度。太宰作品について分からないところは素直に「分からない」と告白しているのが好印象で、読者としても彼の感想を素直に受け入れることができる下地となっています。


 つられて太宰作品も印象が変わります。
 太宰作品には、森見氏の作品に登場するセリフや表現を思い出させるようなフレーズがしばしば。軽いデジャブに襲われます。森見氏は、ホントに太宰作品が好きなんですね。
 太宰作品で強い印象に残ったのは「ロマネスク」。急にブチ切るようなエンディングが新鮮です。作品の最後の行を読んで、続きがあるだろうと思って頁をめくると、、、無い。終わってる。一瞬「落丁か?」と思うくらいのぶった切りです。
 話の核を書いて、締める時、「締めの体裁を整えなければ」という強迫観念に囚われて蛇足を書き、結果として「話の核」が薄まってしまうことは、私は頻繁にあります。核の部分より蛇足の文の方が長かったりして本末転倒です。核を書いたら締めは不要という方法も有りなんだな(高度だけど)、と驚きました。


 私は、純文学とか、小難しい小説が大苦手。何が良いのかサッパリ分かりませんが、なんとなく「こういう風に読んでいけば良いのかしらん」という入り口のようなものが分かったような、分からないような、そんな気がしました。




【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…4/5点(読めますが、不思議なくらい読了まで時間がかかりました)
読後に何かが残った感じがするか…3/5点(「太宰作品をこう読む」というようなのが)
繰り返し読めるか…3/5点(時間を空ければ可能)
総合…4/5点(太宰作品へのイメージが変わりました)

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