レフェリー 知られざるサッカーの舞台裏

審判の判定にやたら不満な人へ、あるいは、スポーツドキュメンタリーが好きな人へ

  • 商品番号/B003YJ40H8
  • 私的分類/DVD(サッカー)・サッカー全般(審判)
  • 作中の好きなセリフ/

カラグニス! 私に指図するな」
「謝るなら やるな」
「イエローを出すぞ!」


レフェリー 知られざるサッカーの舞台裏 [DVD](←同作品を扱う他ブログへ)


【私的概略】
 ロカルノ国際映画祭公式出品作品。東京でも上映されてましたが、このてのオシャレ映画は、青山とかのおしゃれな映画館でしか上映してくれないので、私は見に行けませんでした。見たいみたいと念を送っていたら、ついにDVDになりましたね。
 ユーロ2008、開幕から決勝戦まで、試合を裁いた審判たちの誇りと苦悩を追った、UEFA公認ドキュメンタリー作品です。


 後に2010W杯決勝の審判をつとめることになるイングランドの審判、ハワード・ウェブは、グループリーグ(オーストリアポーランド)の試合で、PKの判定を下します。判定自体は正しかったのですが、ポーランドの監督や首相からポーランド記者から強い批判を浴び、ネット上では恐喝まがいのメッセージが載り、家族の周囲にも奇妙な男が出没するありさま。他にも、仲間の線審オフサイドで誤審をしてしまい、UEFAの審判団から穏やかながら厳しい指摘を受けます。審判という仕事の厳しさがヒシヒシと伝わってきました。


 ウェブの他にも、イタリア人審判のロベルト・ロゼッティ、スペイン人審判のキケ等の有名な審判、審判を守り、時に厳しい追及を繰り出すUEFA審判団や、ウェブやロゼッティの家族等、多彩な登場人物にスポットで焦点を合わせて、「孤独だけど、実は色んな人が支えている」審判の姿を浮き彫りにします。


 ピッチの緑の濃さや、試合シーンの重さ(アングルがテレビと違う)、ヨーロッパの会社が作った映画らしい、雰囲気の良い作品です。



【感想】
 のっけから、あっけにとられます。試合中、審判が徹底的に厳しい調子でカラグニスギリシャの選手)を叱りつけます。謝ったカラグニスに「あやまるくらいなら、はじめからするな」「イエローを出すぞ」ファウルの内容はよく分からなかったのですが、審判=紳士的というイメージが、フィルム開始5分で吹き飛びます。ちなみに、ユーロ2008の試合では、審判と線審、第4審判は互いに無線で連絡を取り合い、リアルタイムに各自のアングルから見た状況を伝え合っていました。この映画の試合のシーンでの審判のセリフは、この無線連絡を拾ったものです。つまり、本当に厳しく叱ってます!
 第4審判が主審に、空気の読めてない連絡をしてくると「試合に集中しろ!」これまた叱責一発。第4審判も気まずそう。なんだかピリピリした感じの審判たちです。
 スウェーデンイブラヒモビッチによる待望のゴールシーンは無音の静寂(本当は観客の大歓声なのですが、音を絞って殆ど無音にしてあります)です。画面に映るのは有名なイブラヒモビッチではなく、主審がゴールを告げるジェスチャーであることを確認した時「あぁ、これは審判の映画なんだ」と強く意識に残りました。良い工夫です。
 試合終了後に、審判と選手たちが握手をしますが、その時の審判のセリフも凄い。「我々は神じゃない。ミスもするさ」「完璧にはいかない。判定ミスもあった」「本当に悪かった」選手も肩をすくめつつ握手を受け入れています。叱りまくっている審判だから、もっと威圧的なのかと思いきや、最後は意外に素直です。めまぐるしく変わる主審のイメージに、見てる私は振り回されっぱなしでした。


 衝撃を受けたまま、試合はグループリーグ、オーストリアポーランドへ。
 審判は、後にW杯南アフリカ大会で決勝の主審を務めることになる、ハワード・ウェブイングランド)氏です。坊主頭、元警官らしい立派な体格、選手に舐められない外観です。
 しかしながら、ウェブ氏のユーロ2008の船出は苦悩の連続でした。まずは線審がオフサイトの判定ミス。会場のスクリーンに映された時点でハッキリ分かってしまうほどのオフサイド見逃しだったようです。ハーフタイムの時点で件の線審はヘコみまくっています。後にUEFAの審判委員会から厳しい指摘を受ける羽目に。線審はこの後もずっと引きずってて、面倒くさい感じになってました。
 苦難は続きます。ポーランドペナルティエリア内ファイル、PKの判定です。判定自体は間違っていなかったのですが、ポーランドの監督がすさまじい罵声です。首相までもが「彼を殺したい」などと放言してしまい、Web上で恐喝まがいのメッセージが載せられたり、このあと長く騒動を起こすことになってしまいました。


 この映画では、ウェブ氏の両親と友人たちも、チョイ役を越えた位置づけで登場しています。ウェブ氏の父親が試合を観戦していて、ウェブ氏が厳しい判定を下す都度、父親の、大らかな態度のなかに不安がこぼれそうになっている様子が映し出されます。父親のもとに、テレビ観戦している知人から携帯連絡が来て、ウェブ氏の判定の正誤を伝えてきます。疑惑のPKシーンに、『あれは間違いなくPKだ』の連絡を受けて、「よかったよ いい知らせだ」父親はとても安堵した顔でした。孤独な審判にも、数少ないながら味方がいるんですね。


 色んな場面で垣間見えるウェブ氏のリーダーシップもカッコウ良いです。
 UEFAの審判委員と、試合の総括(オフサイドの判定ミスとPKシーンについての分析会。結構不安になるシチュエーションです)をする部屋に、ややおどけ気味に入室。こういう時、ウェブ氏が坊主頭なのは(こっけいな感じで)有利ですね。七三分けの人がおどけ気味に入室しても白々しいです。オフサイド判定ミスでテクニカルな失敗を厳しく追及される際も、失敗した線審をさりげなく気遣っている様子です。リーダーらしいです。
 その後、決勝トーナメント(スペイン−ギリシャ?)の試合を裁くことになるのですが、間違いなく緊張している件の線審にチームメイトとして気遣いの言葉をかけています。何万人もいる大歓声の会場のなかで、審判3人+1は、たった3人+1だけが頼みなのです。試合中も大岡裁き。ファウルを受けて険悪になりかけた選手たち。被ファウル選手にウェブ氏が1対1で念を押します「彼(ファウルした選手)は悪意があってやったわけじゃない」。選手も納得顔です。カッコ良いことを言う時、元警官らしいオーラが出てますね。試合終了間際の、無線経由で線審たちに語りかけるウェブ氏の「今大会でみんなよくやった」というセリフも良かった。終了後ではなく、終了間際ってのが、特に。
 PKに対するポーランド記者が、執拗かつ鬱陶しい質問をするシーン。「ポーランド国民を失望させた」と一歩引きつつ、情理をつくして回答、器が大きいです。
 大会を去る時にUEFAから、感謝を込めた小さい盾が授与されるシーン。受け取り方も上等です。単に受け取るのではなく、盾を(執拗ではない程度に)じっと見て、ぞんざいに扱わない態度を示しています。
 ひとつひとつの行動が堂に入っている。私のような凡人には、やりきれないくらいの堂々っぷりです。なるほど、こういう人が決勝の笛を吹くことになるのか、と。


 ウェブ氏以外にも、この映画では色々な審判が登場するのですが、個性がちょっとビックリするくらい多様です。これは国民性の違い、ということなのでしょうか。


 ロベルト・ロゼッティ氏(イタリア人審判)。コーヒーの淹れ方に対する強いこだわりをしゃべりながら映画に登場します。芝居がかった仕草も嫌味なく、何やら愛嬌を感じます。ユーロ2008決勝の審判を担当することになるだけあって。仲間の線審も優秀です。微妙なオフサイドをビシっと見逃さないあたりは、「さすがイタリア!」尊敬しますな。決勝も見事に裁き、順風満帆です。
 しかしながら、栄枯盛衰は世の常です。その後、W杯南アフリカ大会の決勝トーナメント(アルゼンチン−メキシコ)で、アルゼンチンのオフサイドを見逃しゴールを認める誤審をしてしまい、FIFAのゼップ・ブラッター会長がメキシコに陳謝する騒動になってしまいました。ロゼッティ氏も、これが原因で引退したとか聞いています。


 メフート(?)・キケ氏(スペイン人審判)。もの凄い一途さと、強い自負心の人物です。
 決勝の審判団に自分が選ばれなかったのは「代表チーム(スペイン代表)が決勝に出たからで、自分に問題があったとは思っていない(審判が自国の代表の試合を裁くことはできないから、自分は選ばれなかっただけだ)。」キッパリと言い切ります。選ばれなかった理由はその通りでしょうが、なんだか執拗さを感じて、私はちょっとヒキました。
 決勝の予備審判に選ばれた審判が、キケを気遣って「次の試合はギャラが安いから気楽にやるさ」と冗談を言えば、「君たちが頑張るのはギャラだけが理由じゃないだろ」と返します。正論ですけどね。冗談を言ってくれたんだから、それに乗るくらいの余裕は欲しい。
 ただし、スペインに帰ったキケ氏が、みんなと決勝の試合をテレビ観戦しながら、判定を熱心に解説しているさまは、本当に審判の仕事に入れ込んでるんだな、と思いました。余裕云々も脇にやるくらい仕事に一途になったことが私はあったろうか、と少し反省です。
 これくらい一途でも、ドイツ−オーストリアの試合で、言い争っていた両監督を性急に退場処分にしてしまい、判定ミスの指摘を受けています。レフェリングって、困難な任務ですね。


 個性豊かな審判たちを見ていて気付いたのは、「審判の人間くささ」ですね。彼らは機械じゃない。神様でもない。プレーヤーと同じ人間なんだ、と。それにもかかわらず、何万人もいる試合会場で、3人+1人だけが頼りの状態で、ハードルの高い要求を90分ずっと突きつけられているのです。
 そんな審判の特殊な事情が、映画のラストに現れています。ハワード・ウェブ氏の授賞式で、司会と思しき人が、ビデオ判定導入への反対を述べています。『選手はハイテク技術を用いていない。選手がミスを犯すことを認めているからだ。だから主審も線審もハイテクを用いない。審判もミスを犯すことを認めてもらいたい。』と。誤審で致命傷を受けた経験のある人たちには異論もあるでしょうが、このセリフは私の審判に対する見方を変えましたね。審判も試合を作る「仲間」なんだと。仲間のミスなら、少しだけ寛容になろうかなと思いました。その代わり、一方的にエラそうな態度は取っちゃだめだよ、とも。
 そう思ってみると、授賞会場の人たちが「You'll never walk alone」を歌う場面で映画が終わっているのは、単なる余韻ではなく、映画の作者のメッセージが込められているような。



【私的評価】
読後に何かが残った感じがするか…5/5点(You'll never walk alone)
繰り返し見られるか…5/5点(繰り返し見てます)
総合…5/5点(映像、内容、発見、全て満足)