「最後」の新聞 サッカー専門紙「エル・ゴラッソ」の成功

新聞業界で働いている人へ、あるいは、サッカー専門誌を毎週千円くらい購入している人へ

  • ISBN(13桁)/9784847060298
  • 作者/山田泰
  • 私的分類/サッカー(周辺で働く人たち)・マニアックな本
  • 作中の好きなセリフ/

そして何よりも
「あなたが人生をかけて本気でやるのなら、我々も汗をかいて営業する」
と言われたことが今でも印象に残っています。「互いの事業への覚悟を問うこと」。私は新聞業界に今も息づいている、日本人的な職業意識の潔さに強く心を打たれました。


「最後」の新聞 ?サッカー専門紙「エル・ゴラッソ」の成功? (ワニブックスPLUS新書)(←同作品を扱う他ブログへ)


【私的概略】
 コンビニや駅の売店などでみかける、サッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』。通称『エルゴラ』、ややピンクがかった紙面が目印です。イタリアの『ガゼッタ』紙や、ドイツの『キッカー』紙のような、サッカーだけが載っている新聞を目指して発行されています。
 『エルゴラ』者創刊である山田氏の、創刊までの苦労話(第一部)と、インターネットに押されて低迷一方の新聞業界に対する未来展望(第二部)です。
 第一部では、当時流行っていたフリーペーパーやインターネットのスポーツサイト、雑誌ではなく、なぜ「新聞」として発行することにこだわったのか、その辺りを中心に
 第二部では、速報性や専門性で優位に立つ電子メディアやインターネットの攻勢に対して、紙媒体の新聞業界が、独自の強みを生かして発展していく方途について
 過去何十年も発生しなかった「新聞業界への新規参入+成功」で苦労した山田氏が、穏やかな口調で語ります。



【感想】
 「イタリアのガゼッタ紙の採点によると、○○選手は5.5…」とかテレビで聞くと、外国のサッカーはなんだかカッコ良いなと昔から思っていました。スポーツ新聞は色々な情報が載っていて物足りない。サッカー専門の新聞(しかもカッコ良いやつ)が日本にもできないかしらと妄想していたのが1990年代の末頃。私は妄想するだけでしたが、情報の早い妻がキッチリとどこかから見つけてきたのが『エルゴラ』でした。
 その後、妻は、応援している柏レイソルが好調の時は、意気軒昂とコンビニで『エルゴラ』を購入するのがパターン化しました。そういった、「気分の良い思い出」(ユーザー・エクスペリエンス)とセットにして、ピンクの紙面、独創的な紙面構成、持っててカッコ良い『エルゴラ』を150円でご提供するのが、『エルゴラ』のコンセプトなのだそうです。面白い発想でした。他にも、月曜〜土曜+日曜までの、サポーターの生活習慣に、常にサッカーが着いて回るような情報提供の仕方を心がける(月曜は、前節の試合を振り返り、金曜は、次節に向けて盛り上がる紙面にするとか、です)とか、新聞を通してサッカー生活習慣のリズムまで作ってしまうという、「そういえば、マスメディアって、ホントはそれくらい影響力のあるもんだったよね」と思い出して感心してしまうコンセプトがいっぱいでした。
 山田氏は、銀行出身とのこと。漠然とイメージしてる「銀行の人」らしい、スマートなセンスだと思いました。


 そんなスマートな山田氏が、悪戦苦闘したのが、「新聞業界への新規参入」。新聞事業を行うことにたいする覚悟を厳しく問われ、配送業者をはじめ、関係業者の協力はなかなか得られませんでした。上の「好きなセリフ」は、ついに創刊実現にこぎつけた時の、そんな業者さんの言葉です。仕事をする時の姿勢が勉強になりますネ。「結果に対して自分が責任を負う」という強い意志を持って仕事をしているか、と。このあたり、「プロジェクトX」風に、おっさんの心をうちます。
 同時に、新聞というものが、取材→編集→できあがり、ではなく、取材→編集→印刷→配送(→店頭で購入)という具合に、編集の先に見落としがちな大事な仕事がある、ということが分かります。それら各業務が精密に組み合わさって、紙媒体なのに速報性のある新聞というものが成り立っているのです。この辺りの事情を丁寧に解説してくれている本って、新聞業界にとっては当たり前すぎることなのか、なかなかありません。山田氏は新規参入者らしく、業界全体を新鮮な目で、簡潔に説明してくれています。


 第二部の、新聞の未来展望も、冷静かつ分析的で、説得力があります。
 (以下は、私の主観かもしれませんが)ワールドカップフランス大会の頃からインターネットが急速に普及しました。それまで海外サッカーの重要な情報源だった「ワールドサッカーダイジェスト」や「ワールドサッカーグラフィック」等の海外サッカー月刊誌が、ニュースの速報性という点で急速に地位を下落させ、基本的に金欠の私は、「ネットで無料で得られる情報があるなら」と、月刊誌を購入しなくなりました。やがて、インターネットのサッカー情報サイトも淘汰が進み、良質な情報が効率良く得られるようになると「サッカーマガジン」や「サッカーダイジェスト」といったサッカー週刊誌すら魅力が薄れていきました。今や、先週末の試合結果を水曜日に読むのは、(「残念ながら」と付け加えたいですが)陳腐ですらあります。
 速報性ではインターネットに太刀打ちできず、内容の豊富さ(効率よく大量の情報を収集できるか)、深さ(無料の情報に負けないで欲しい)で有料の専門誌がどのように戦うのか、昔から専門雑誌にお世話になってきた私としては、(関係者でもないのに)ここ10年悩んできました。
 新聞・雑誌、「電子化の波に飲み込まれて消滅する」とまで言われている紙媒体の情報の進化形について、この本は勉強になりました。


 新聞業界を受験する予定の人なんか、この本を読んだ方が良いですね。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点(本も薄い、読みやすく、内容把握が簡単)
読後に何かが残った感じがするか…5/5点(紙媒体の未来について。他にも色々勉強になりました)
繰り返し読めるか…4/5点(勉強になります)
総合…4/5点