人物叢書 佐倉惣五郎
佐倉惣五郎を知らない人へ、あるいは、色々な事情で一揆を起こしたい人へ
- ISBN(13桁)/9784642050104
- 作者/児玉幸多
- 私的分類/人物史・史実を知る
- 作中の好きなセリフ/
政治家や武将の場合には、その片言隻句も研究の対象にされながら、農民のこととなると、惣五郎でも茂左衛門でも、神様あつかいするか、架空人物としてしまうかではあまりに片手落ちである。
【私的概略】
江戸時代初期の義民(身を挺して正義を貫いた人(特にお百姓さん))、佐倉惣五郎。圧政に苦しむ佐倉藩(現在の千葉県佐倉市にあった堀田氏の藩)の領民を救うため、将軍徳川家綱に藩の暴悪を訴えました。結果、佐倉藩の政治は正されましたが、禁止されている将軍への直訴を行った罪で、佐倉惣五郎とその子供たちは処刑されてしまいました。自分や家族の命と引き換えに人々を救ったその行為は、後世の人々の篤く尊敬するところとなり、惣五郎を扱った歌舞伎のお芝居や講談本が、大いに人気を博しました。
福沢諭吉や自由民権活動家は、自らの思想の先駆者として惣五郎を挙げています。辞書で「義民」をひくと、例には「佐倉惣五郎」という名前が登場するくらい、高名な人物となりました。
とはいえ、佐倉惣五郎は江戸時代初期の農民。しかも、やった内容が内容だけに、藩や幕府の公式の歴史書には、惣五郎の事績は記載されません。何百年もの間、庶民の口伝えで彼の歴史が語られていくうちに、歪曲や欠落が発生して真相が分からなくなり、大げさなお芝居や講談本の内容が真実であるかのように、内容が変わっていきました。
「佐倉惣五郎はお芝居で創作された人物で、実在しない」という説まで登場しています。
本書では、宗吾霊堂(佐倉惣五郎を祀る寺)や惣五郎一族の菩提寺に伝わる古文書、あるいは、佐倉藩や徳川幕府の公式文書をもとにして計測・推測し、
- 佐倉惣五郎は実在した人物なのか
- 徳川将軍への直訴をした、というのは本当なのか
- 惣五郎の家族は、その後どうなったのか
といったことの解明を、学者らしい堅実な態度で取り組んでいきます。
【感想】
私の住む町は、佐倉惣五郎の佐倉から車で30分ほどのところ。時折、小学館の「マンガ日本の歴史」を読んだりするようになった9歳の長女の、夏休み社会見学の題材として、「佐倉惣五郎と百姓一揆」を題材にすることにしました。
まずは、百姓一揆とは一般的にどんなものか、「学習まんが 少年少女日本の歴史 14巻」の第二章で、信州上田一揆を参考にします。
「義民」という人が「正義の味方」的な人物で、実は、佐倉にもそんな人がいたんだよ〜。という話をして、そこで惣五郎関係の事跡をまわって、惣五郎がどんなことをしたのか勉強する、という感じの計画を立てたのですが。。。ここで難問が発生しました。
「佐倉惣五郎がどんなことをしたのか、よく分からない」のです
惣五郎の事績には諸説があって、ネットで調べると「整合性のある惣五郎の事績」が全くつかめませんでした。
佐倉惣五郎という人物は、地元佐倉では「宗吾霊堂」なる佐倉惣五郎の功績を顕彰するためのお寺もあり、有名な歴史上の人物です。しかし関西から来た所詮は外来人の私にとって、正直な感想を言えば「お年寄りにウケてる人物」というイメージ。涙あり感動ありタタリに勧善懲悪ありの120分間芝居小屋登場人物風な感じで、私にとっては疎遠な人物だったのです。
我ながら軽率な選択だったと後悔すること3分。一瞬、反転して「京都本願寺と親鸞」とか別のテーマに変更しようかとも思いましたが、「いや、親鸞の教義は難しい。『いわんや悪人をや』なんて説明したら誤解しちゃいそうだ。それよりも、義民=正義の味方という分かり易い位置づけの佐倉惣五郎で行こう」と当初の方針を堅持。「ついでに『義民』という概念から、リーダーシップとリーダたる者の心がけを養ってもらうのだ!」勝手に養われる長女は迷惑でしょうが(そして結局養われないかもしれませんが)、「震災節電モードでクソ暑い炎天下にジリジリするお寺や事跡巡りをしてツラかった」という記憶だけでも残ってくれたら、というほのかな期待を持って取り組むことにしました。
ネットで「佐倉惣五郎」を検索して関連書籍を探すこと数分(選ぶほどたくさんはヒットしませんでした)。買ったのがこの本です。
社会見学の親の予習としては、実に有効でした。本書は人物叢書シリーズというマニアックな部類で、読んでも分かりにくい箇所が普通にあるシリーズなのですが、本書に限っては、それがありませんでした。著者の児玉幸多氏は、さきの「学習まんが 少年少女日本の歴史」シリーズの監修を勤めた人物ですから、その辺も、本書の分かり易さと関係あるかもしれません(注:本書はマンガではありません)。
昭和30年代に書かれた本であるという古さはネックですが、佐倉惣五郎についての研究が活発なわけでもないので、おそらくその後の研究に大幅な進展は無いだろうと思います。だから問題ありません。
佐倉惣五郎の伝記に関する色々な諸説も、パターン分けされて載っているので矛盾無くそれらを把握できます。そして何より本書の白眉は、「史実はどうだったのか」に迫る過程です。お寺の過去帳や佐倉藩の納税台帳から、佐倉惣五郎が実在の人物で、わりと裕福な(おそらく庄屋クラスの)農民だったらしいことが明らかにされたり、「佐倉藩の過酷な政治」は史実なのか、といったことが明らかになっていきますが、この過程がミステリよりも興奮します。
これ一冊で、相当な佐倉惣五郎通になれますね。間違いなく。
万全の知識を有して、佐倉惣五郎を祀る宗吾霊堂に行きました。
境内には、惣五郎の事績13場面を人形をつかって描いた「御一代記館」という建物(有料)があります。長女も「マンガ日本の歴史」で農民一揆を予習していたので、内容を理解することができました。私も、「御一代記館」に表現されている惣五郎の事跡が、諸説ある中のどのパターンの惣五郎伝記なのか、すぐに把握できたので、スムーズに長女に説明することができました。
ただし長女は、私のクドい説明よりも、要点をつかんだ妻の説明の方に心を動かされた様子。私の説明を聞いて佐倉惣五郎の伝記を把握し、的確に分かり易く娘に翻訳してくれた妻がいなければ、この社会見学は中途半端に終わっていたかもしれません。
帰宅後、見学のレポートも娘に色々な示唆を与えて何とか完成させ、十分な成果物を作ることができました。が、夏バテの影響か終始無気力な顔をしていた妻に要所を締められて、あれだけ準備したはずの私がなんとなく不発な感じになってしまったのが、唯一心に引っかかるところでした。
どんなに知識を溜め込んでも、それを表現する術を持たなくては意味が無いな、と私も夏休みに勉強してしまいました。
【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…4/5点(わりと読み易かったです)
読後に何かが残った感じがするか…4/5点(佐倉惣五郎の伝記と、現在把握できている史実とが分かりました)
繰り返し読めるか…3/5点(間を空ければ再読可)
総合…4/5点(特に後半は謎解きのような楽しさがありました。意外です)
テルマエ・ロマエ III
ラーメンの丼のあの有名な模様は中国発祥だと思ってるへ、あるいは、戦国自衛隊とか好きな人へ
- ISBN(13桁)/9784047272323
- 作者/ヤマザキマリ
- 私的分類/マンガ(笑えるやつ)
- 作中の好きなセリフ/
…やはり この地にもローマ帝国の威光は届いていたのだ…!!
【私的概略】
漫画大賞受賞作にして映画化(主演:阿部寛)まで決定しちゃった人気作品の第三巻です。
主人公ルシウスは、古代ローマの住人。生真面目だけれど平凡な浴場の設計士でしたが、現代日本と古代ローマをタイムトラベル的に行き来するという「特殊な」技能を身に付けてから、人生が一転します。
現代日本の温泉のコンセプトを、風呂が大好きな古代ローマに持ち込んで、彼の案出する風呂は大当たりの連続。時のローマ皇帝に重用されるまでになりました。しかし、ローマ皇帝の失脚を狙う元老院が、主人公ルシウスをも謀略にかけようと、何やら悪い空気が漂い始めます。危うし! ルシウス!
というのが、前巻までの流れ。第三巻は、元老院の暗躍とか、そういった流れを忠実に継承して、ルシウスvs元老院から送られてきた刺客、というようなお話になるかと思いきや、その流れは割と前半3分の1であっさり終了。残りの3分の2は、別の意味で「テルマエ・ロマエ」の流れを忠実に継承してました。「風呂に入ってハッピーになる」これが、1〜3巻を通している一本の芯なのです。
今回はルシウスがタイムトラベルしたのは、草津温泉を思わす温泉街、木桶風呂、ゴージャス派手派手金ピカ風呂の3タイプ。最後のゴージャス派手風呂では、成金趣味の風呂設計を強要されて苦しむ日本の建築技師と、同じ悩みを抱えているルシウスが連帯感を持ったりして、ルシウス言うところの「平たい顔族(日本人のこと)」との距離が縮まってきた感じです。
【感想】
ルシウスの生真面目さが良いですね。
ルシウスの持つ、ローマ人としてのプライドは、「高慢さ」ではなく「懸命さ」になって表れ、現代日本の温泉文化を吸収しようと必死です。しかし、古代ローマと現代日本との大きな時空の差を乗り越えるのは、そもそも限界のある話。無理を無理と知らずにローマのプライドをかけて学ぼうとする態度が、彼の生真面目な様子と合わさって、おかしさを誘います。第一巻の頃は若干の軽侮があった「平たい顔族(日本人のこと)」の呼称も、今では敬意がこもっています。
一つ意外だったのは、第二巻の終わり頃から始まった、「皇帝の失脚を狙う元老院の悪だくみ」というストーリーが尻すぼみになったこと。その後は、ある意味第一巻と同じ「現代日本の温泉を古代ローマに持ち込んで大当たり」というパターンの繰り返しになりました。これは、ある意味安心。第一巻を読んで面白かったのは、このパターンが新鮮であり、かつ、このパターンを繰り返すことに、水戸黄門的な安心感があったからです。私は古代ローマの政争劇を読みたいわけではありません。このパターンを読みたいのです。
このパターンが第三巻まで繰り返され、なおもワンパターンにならないのは、現代日本の風呂・温泉文化に対するライトの当て方が毎回違うからでしょう。「日本にはこんなに多様な風呂があったか」読んでる私も日本人なのにビックリです。こんなに多様なライトの当て方ができるというのは、本作の作者が外国の方と結婚されている、というのも関係あるのかもしれません。
【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点(今回は、問題なく読めます)
読後に何かが残った感じがするか…1/5点(読後感の良さ、ですね)
繰り返し読めるか…3/5点(数回読めます)
総合…4/5点(温泉街で苦闘する場面が面白かった)
レフェリー 知られざるサッカーの舞台裏
審判の判定にやたら不満な人へ、あるいは、スポーツドキュメンタリーが好きな人へ
- 商品番号/B003YJ40H8
- 私的分類/DVD(サッカー)・サッカー全般(審判)
- 作中の好きなセリフ/
「カラグニス! 私に指図するな」
「謝るなら やるな」
「イエローを出すぞ!」
【私的概略】
ロカルノ国際映画祭公式出品作品。東京でも上映されてましたが、このてのオシャレ映画は、青山とかのおしゃれな映画館でしか上映してくれないので、私は見に行けませんでした。見たいみたいと念を送っていたら、ついにDVDになりましたね。
ユーロ2008、開幕から決勝戦まで、試合を裁いた審判たちの誇りと苦悩を追った、UEFA公認ドキュメンタリー作品です。
後に2010W杯決勝の審判をつとめることになるイングランドの審判、ハワード・ウェブは、グループリーグ(オーストリア−ポーランド)の試合で、PKの判定を下します。判定自体は正しかったのですが、ポーランドの監督や首相からポーランド記者から強い批判を浴び、ネット上では恐喝まがいのメッセージが載り、家族の周囲にも奇妙な男が出没するありさま。他にも、仲間の線審がオフサイドで誤審をしてしまい、UEFAの審判団から穏やかながら厳しい指摘を受けます。審判という仕事の厳しさがヒシヒシと伝わってきました。
ウェブの他にも、イタリア人審判のロベルト・ロゼッティ、スペイン人審判のキケ等の有名な審判、審判を守り、時に厳しい追及を繰り出すUEFA審判団や、ウェブやロゼッティの家族等、多彩な登場人物にスポットで焦点を合わせて、「孤独だけど、実は色んな人が支えている」審判の姿を浮き彫りにします。
ピッチの緑の濃さや、試合シーンの重さ(アングルがテレビと違う)、ヨーロッパの会社が作った映画らしい、雰囲気の良い作品です。
【感想】
のっけから、あっけにとられます。試合中、審判が徹底的に厳しい調子でカラグニス(ギリシャの選手)を叱りつけます。謝ったカラグニスに「あやまるくらいなら、はじめからするな」「イエローを出すぞ」ファウルの内容はよく分からなかったのですが、審判=紳士的というイメージが、フィルム開始5分で吹き飛びます。ちなみに、ユーロ2008の試合では、審判と線審、第4審判は互いに無線で連絡を取り合い、リアルタイムに各自のアングルから見た状況を伝え合っていました。この映画の試合のシーンでの審判のセリフは、この無線連絡を拾ったものです。つまり、本当に厳しく叱ってます!
第4審判が主審に、空気の読めてない連絡をしてくると「試合に集中しろ!」これまた叱責一発。第4審判も気まずそう。なんだかピリピリした感じの審判たちです。
スウェーデンのイブラヒモビッチによる待望のゴールシーンは無音の静寂(本当は観客の大歓声なのですが、音を絞って殆ど無音にしてあります)です。画面に映るのは有名なイブラヒモビッチではなく、主審がゴールを告げるジェスチャーであることを確認した時「あぁ、これは審判の映画なんだ」と強く意識に残りました。良い工夫です。
試合終了後に、審判と選手たちが握手をしますが、その時の審判のセリフも凄い。「我々は神じゃない。ミスもするさ」「完璧にはいかない。判定ミスもあった」「本当に悪かった」選手も肩をすくめつつ握手を受け入れています。叱りまくっている審判だから、もっと威圧的なのかと思いきや、最後は意外に素直です。めまぐるしく変わる主審のイメージに、見てる私は振り回されっぱなしでした。
衝撃を受けたまま、試合はグループリーグ、オーストリア−ポーランドへ。
審判は、後にW杯南アフリカ大会で決勝の主審を務めることになる、ハワード・ウェブ(イングランド)氏です。坊主頭、元警官らしい立派な体格、選手に舐められない外観です。
しかしながら、ウェブ氏のユーロ2008の船出は苦悩の連続でした。まずは線審がオフサイトの判定ミス。会場のスクリーンに映された時点でハッキリ分かってしまうほどのオフサイド見逃しだったようです。ハーフタイムの時点で件の線審はヘコみまくっています。後にUEFAの審判委員会から厳しい指摘を受ける羽目に。線審はこの後もずっと引きずってて、面倒くさい感じになってました。
苦難は続きます。ポーランドのペナルティエリア内ファイル、PKの判定です。判定自体は間違っていなかったのですが、ポーランドの監督がすさまじい罵声です。首相までもが「彼を殺したい」などと放言してしまい、Web上で恐喝まがいのメッセージが載せられたり、このあと長く騒動を起こすことになってしまいました。
この映画では、ウェブ氏の両親と友人たちも、チョイ役を越えた位置づけで登場しています。ウェブ氏の父親が試合を観戦していて、ウェブ氏が厳しい判定を下す都度、父親の、大らかな態度のなかに不安がこぼれそうになっている様子が映し出されます。父親のもとに、テレビ観戦している知人から携帯連絡が来て、ウェブ氏の判定の正誤を伝えてきます。疑惑のPKシーンに、『あれは間違いなくPKだ』の連絡を受けて、「よかったよ いい知らせだ」父親はとても安堵した顔でした。孤独な審判にも、数少ないながら味方がいるんですね。
色んな場面で垣間見えるウェブ氏のリーダーシップもカッコウ良いです。
UEFAの審判委員と、試合の総括(オフサイドの判定ミスとPKシーンについての分析会。結構不安になるシチュエーションです)をする部屋に、ややおどけ気味に入室。こういう時、ウェブ氏が坊主頭なのは(こっけいな感じで)有利ですね。七三分けの人がおどけ気味に入室しても白々しいです。オフサイド判定ミスでテクニカルな失敗を厳しく追及される際も、失敗した線審をさりげなく気遣っている様子です。リーダーらしいです。
その後、決勝トーナメント(スペイン−ギリシャ?)の試合を裁くことになるのですが、間違いなく緊張している件の線審にチームメイトとして気遣いの言葉をかけています。何万人もいる大歓声の会場のなかで、審判3人+1は、たった3人+1だけが頼みなのです。試合中も大岡裁き。ファウルを受けて険悪になりかけた選手たち。被ファウル選手にウェブ氏が1対1で念を押します「彼(ファウルした選手)は悪意があってやったわけじゃない」。選手も納得顔です。カッコ良いことを言う時、元警官らしいオーラが出てますね。試合終了間際の、無線経由で線審たちに語りかけるウェブ氏の「今大会でみんなよくやった」というセリフも良かった。終了後ではなく、終了間際ってのが、特に。
PKに対するポーランド記者が、執拗かつ鬱陶しい質問をするシーン。「ポーランド国民を失望させた」と一歩引きつつ、情理をつくして回答、器が大きいです。
大会を去る時にUEFAから、感謝を込めた小さい盾が授与されるシーン。受け取り方も上等です。単に受け取るのではなく、盾を(執拗ではない程度に)じっと見て、ぞんざいに扱わない態度を示しています。
ひとつひとつの行動が堂に入っている。私のような凡人には、やりきれないくらいの堂々っぷりです。なるほど、こういう人が決勝の笛を吹くことになるのか、と。
ウェブ氏以外にも、この映画では色々な審判が登場するのですが、個性がちょっとビックリするくらい多様です。これは国民性の違い、ということなのでしょうか。
ロベルト・ロゼッティ氏(イタリア人審判)。コーヒーの淹れ方に対する強いこだわりをしゃべりながら映画に登場します。芝居がかった仕草も嫌味なく、何やら愛嬌を感じます。ユーロ2008決勝の審判を担当することになるだけあって。仲間の線審も優秀です。微妙なオフサイドをビシっと見逃さないあたりは、「さすがイタリア!」尊敬しますな。決勝も見事に裁き、順風満帆です。
しかしながら、栄枯盛衰は世の常です。その後、W杯南アフリカ大会の決勝トーナメント(アルゼンチン−メキシコ)で、アルゼンチンのオフサイドを見逃しゴールを認める誤審をしてしまい、FIFAのゼップ・ブラッター会長がメキシコに陳謝する騒動になってしまいました。ロゼッティ氏も、これが原因で引退したとか聞いています。
メフート(?)・キケ氏(スペイン人審判)。もの凄い一途さと、強い自負心の人物です。
決勝の審判団に自分が選ばれなかったのは「代表チーム(スペイン代表)が決勝に出たからで、自分に問題があったとは思っていない(審判が自国の代表の試合を裁くことはできないから、自分は選ばれなかっただけだ)。」キッパリと言い切ります。選ばれなかった理由はその通りでしょうが、なんだか執拗さを感じて、私はちょっとヒキました。
決勝の予備審判に選ばれた審判が、キケを気遣って「次の試合はギャラが安いから気楽にやるさ」と冗談を言えば、「君たちが頑張るのはギャラだけが理由じゃないだろ」と返します。正論ですけどね。冗談を言ってくれたんだから、それに乗るくらいの余裕は欲しい。
ただし、スペインに帰ったキケ氏が、みんなと決勝の試合をテレビ観戦しながら、判定を熱心に解説しているさまは、本当に審判の仕事に入れ込んでるんだな、と思いました。余裕云々も脇にやるくらい仕事に一途になったことが私はあったろうか、と少し反省です。
これくらい一途でも、ドイツ−オーストリアの試合で、言い争っていた両監督を性急に退場処分にしてしまい、判定ミスの指摘を受けています。レフェリングって、困難な任務ですね。
個性豊かな審判たちを見ていて気付いたのは、「審判の人間くささ」ですね。彼らは機械じゃない。神様でもない。プレーヤーと同じ人間なんだ、と。それにもかかわらず、何万人もいる試合会場で、3人+1人だけが頼りの状態で、ハードルの高い要求を90分ずっと突きつけられているのです。
そんな審判の特殊な事情が、映画のラストに現れています。ハワード・ウェブ氏の授賞式で、司会と思しき人が、ビデオ判定導入への反対を述べています。『選手はハイテク技術を用いていない。選手がミスを犯すことを認めているからだ。だから主審も線審もハイテクを用いない。審判もミスを犯すことを認めてもらいたい。』と。誤審で致命傷を受けた経験のある人たちには異論もあるでしょうが、このセリフは私の審判に対する見方を変えましたね。審判も試合を作る「仲間」なんだと。仲間のミスなら、少しだけ寛容になろうかなと思いました。その代わり、一方的にエラそうな態度は取っちゃだめだよ、とも。
そう思ってみると、授賞会場の人たちが「You'll never walk alone」を歌う場面で映画が終わっているのは、単なる余韻ではなく、映画の作者のメッセージが込められているような。
【私的評価】
読後に何かが残った感じがするか…5/5点(You'll never walk alone)
繰り返し見られるか…5/5点(繰り返し見てます)
総合…5/5点(映像、内容、発見、全て満足)
「最後」の新聞 サッカー専門紙「エル・ゴラッソ」の成功
新聞業界で働いている人へ、あるいは、サッカー専門誌を毎週千円くらい購入している人へ
- ISBN(13桁)/9784847060298
- 作者/山田泰
- 私的分類/サッカー(周辺で働く人たち)・マニアックな本
- 作中の好きなセリフ/
そして何よりも
「あなたが人生をかけて本気でやるのなら、我々も汗をかいて営業する」
と言われたことが今でも印象に残っています。「互いの事業への覚悟を問うこと」。私は新聞業界に今も息づいている、日本人的な職業意識の潔さに強く心を打たれました。
【私的概略】
コンビニや駅の売店などでみかける、サッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』。通称『エルゴラ』、ややピンクがかった紙面が目印です。イタリアの『ガゼッタ』紙や、ドイツの『キッカー』紙のような、サッカーだけが載っている新聞を目指して発行されています。
『エルゴラ』者創刊である山田氏の、創刊までの苦労話(第一部)と、インターネットに押されて低迷一方の新聞業界に対する未来展望(第二部)です。
第一部では、当時流行っていたフリーペーパーやインターネットのスポーツサイト、雑誌ではなく、なぜ「新聞」として発行することにこだわったのか、その辺りを中心に
第二部では、速報性や専門性で優位に立つ電子メディアやインターネットの攻勢に対して、紙媒体の新聞業界が、独自の強みを生かして発展していく方途について
過去何十年も発生しなかった「新聞業界への新規参入+成功」で苦労した山田氏が、穏やかな口調で語ります。
【感想】
「イタリアのガゼッタ紙の採点によると、○○選手は5.5…」とかテレビで聞くと、外国のサッカーはなんだかカッコ良いなと昔から思っていました。スポーツ新聞は色々な情報が載っていて物足りない。サッカー専門の新聞(しかもカッコ良いやつ)が日本にもできないかしらと妄想していたのが1990年代の末頃。私は妄想するだけでしたが、情報の早い妻がキッチリとどこかから見つけてきたのが『エルゴラ』でした。
その後、妻は、応援している柏レイソルが好調の時は、意気軒昂とコンビニで『エルゴラ』を購入するのがパターン化しました。そういった、「気分の良い思い出」(ユーザー・エクスペリエンス)とセットにして、ピンクの紙面、独創的な紙面構成、持っててカッコ良い『エルゴラ』を150円でご提供するのが、『エルゴラ』のコンセプトなのだそうです。面白い発想でした。他にも、月曜〜土曜+日曜までの、サポーターの生活習慣に、常にサッカーが着いて回るような情報提供の仕方を心がける(月曜は、前節の試合を振り返り、金曜は、次節に向けて盛り上がる紙面にするとか、です)とか、新聞を通してサッカー生活習慣のリズムまで作ってしまうという、「そういえば、マスメディアって、ホントはそれくらい影響力のあるもんだったよね」と思い出して感心してしまうコンセプトがいっぱいでした。
山田氏は、銀行出身とのこと。漠然とイメージしてる「銀行の人」らしい、スマートなセンスだと思いました。
そんなスマートな山田氏が、悪戦苦闘したのが、「新聞業界への新規参入」。新聞事業を行うことにたいする覚悟を厳しく問われ、配送業者をはじめ、関係業者の協力はなかなか得られませんでした。上の「好きなセリフ」は、ついに創刊実現にこぎつけた時の、そんな業者さんの言葉です。仕事をする時の姿勢が勉強になりますネ。「結果に対して自分が責任を負う」という強い意志を持って仕事をしているか、と。このあたり、「プロジェクトX」風に、おっさんの心をうちます。
同時に、新聞というものが、取材→編集→できあがり、ではなく、取材→編集→印刷→配送(→店頭で購入)という具合に、編集の先に見落としがちな大事な仕事がある、ということが分かります。それら各業務が精密に組み合わさって、紙媒体なのに速報性のある新聞というものが成り立っているのです。この辺りの事情を丁寧に解説してくれている本って、新聞業界にとっては当たり前すぎることなのか、なかなかありません。山田氏は新規参入者らしく、業界全体を新鮮な目で、簡潔に説明してくれています。
第二部の、新聞の未来展望も、冷静かつ分析的で、説得力があります。
(以下は、私の主観かもしれませんが)ワールドカップフランス大会の頃からインターネットが急速に普及しました。それまで海外サッカーの重要な情報源だった「ワールドサッカーダイジェスト」や「ワールドサッカーグラフィック」等の海外サッカー月刊誌が、ニュースの速報性という点で急速に地位を下落させ、基本的に金欠の私は、「ネットで無料で得られる情報があるなら」と、月刊誌を購入しなくなりました。やがて、インターネットのサッカー情報サイトも淘汰が進み、良質な情報が効率良く得られるようになると「サッカーマガジン」や「サッカーダイジェスト」といったサッカー週刊誌すら魅力が薄れていきました。今や、先週末の試合結果を水曜日に読むのは、(「残念ながら」と付け加えたいですが)陳腐ですらあります。
速報性ではインターネットに太刀打ちできず、内容の豊富さ(効率よく大量の情報を収集できるか)、深さ(無料の情報に負けないで欲しい)で有料の専門誌がどのように戦うのか、昔から専門雑誌にお世話になってきた私としては、(関係者でもないのに)ここ10年悩んできました。
新聞・雑誌、「電子化の波に飲み込まれて消滅する」とまで言われている紙媒体の情報の進化形について、この本は勉強になりました。
新聞業界を受験する予定の人なんか、この本を読んだ方が良いですね。
【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点(本も薄い、読みやすく、内容把握が簡単)
読後に何かが残った感じがするか…5/5点(紙媒体の未来について。他にも色々勉強になりました)
繰り返し読めるか…4/5点(勉強になります)
総合…4/5点
真夏の方程式
サマータイムって、やけに疲れるな〜と最近困惑している人へ、あるいは、「容疑者醱の献身」が好きな人へ
- ISBN(13桁)/9784163805801
- 作者/東野圭吾
- 私的分類/ミステリ・敷居の低い本
- 作中の好きなセリフ/
「何かあったみたいだね。警察の人が来てる。でも僕には教えてくれなかった。大人はいつだってこうだ」
「くだらないことで拗ねるな。大人が隠していることを知ったって、君の人生にとって大してプラスにはならない」湯川は味噌汁を啜った。
【私的概略】
ガリレオシリーズの長編。ネタバレしないように注意して書きます。
少年の名前は恭平。夏休みに親戚が経営する民宿に遊びに来ました。美しい海にちなんだ玻璃ヶ浦という名前のこの町は、海水浴場を中心とする観光産業が年々衰退していましたが、その海に有望な地下資源が発見され、町の人たちはこの発見をどう扱ってよいのか困惑しています。
地下資源の開発に関する地元住民への説明会が行われるということで、湯川は技術協力者として説明会に参加し、たまたま恭平と同じ民宿に泊まりました。その同じ民宿に泊まっていた、ある老人が、説明会の翌朝、死体で発見されます。被害者は塚原という元刑事。彼も説明会に出席していましたが、玻璃ヶ浦とはなんの地縁も無い人物。これまで自然保護運動に参加していたという経歴もありません。
塚原はなぜ、なんの縁もない玻璃ヶ浦を訪れたのか。さらに、これまた縁のないはずの自然保護活動、なぜ説明会に参加したのか。
上司の命令で秘密裏に湯川に協力することになった内海刑事と草薙刑事が東京で別働隊として捜査し、徐々に手がかりをたぐりよせていきます。
哀しい結末を予測して暗鬱とする湯川。冷静・合理的な湯川にとって不慣れと思われた「少年(恭平)との交流」が自然に深まっていくうち、湯川から最後に出た言葉「私は君と一緒に同じ問題を抱え、悩み続けよう。忘れないでほしい。君は一人ぼっちじゃない」。哀しい終幕の中にも、暖かな感動するラストです。
【感想】
私の勤務先が6月からサマータイムを導入いたしまして。これが9月いっぱい続くんです。つらいですな〜、サマータイム。早寝早起きで健康に良いはずなのに、暑さも加わって、全く慣れません。帰宅時間が早くなってブログ更新頻度も上がるかと思ったら、帰宅後はソファでウツラウツラばかりで、嫁さんに超怒られてます。
「サマータイムはデッドゾーン」私にとっての『真夏の方程式』は、ただコレあるのみです。
そんな感じで、ブログ疎遠になった言い訳をしつつ、グチとオチをつけさせていただきまして。。。
本作でも、相変わらずクールですな。湯川先生は。
とはいえ、今回はいつもと若干勝手が違います。舞台は東京を離れた田舎の海水浴場、湯川先生の脇を固めるキャストには恭平という少々ひねくれ気味の少年がいます。小学校高学年。こういう子は、います。本作のメインは、そんな少年と湯川先生の交流だと思いました。合理的な湯川先生が、少年のひねくれた(その分、不合理的な)考え方と真面目に衝突し、次第に仲が良くなっていくところが良かった。
ラストで湯川先生が、悩みを抱える少年に向かって言うのですよ。「私は君と一緒に同じ問題を抱え、悩み続けよう。忘れないでほしい。君は一人ぼっちじゃない」なるほど、you'll never walk alone(※) ですな。この言葉で少年は悩みを抱えながら前を向く勇気を持つわけですが(要は悩みを乗り越えたわけですが)、同時に湯川先生も成長した感じです。上の結論的な「ガンバレ」言葉をかけるまでに、湯川先生がいろいろ話をするわけですが、実に理論的。大人が子供を諭すというよりも、年上の友人が励ますような態度です。私にも子供がいますが、彼女ら彼らが成長した時、こんな感じで接することができれば、と思います。
最後に、本作全体の感想を。
ミステリとしては「容疑者xの献身」の方が面白かったと思います。事件そのものは、さほど奇想天外なものでもなく、昔の社会派ミステリみたいな印象でした。事件の展開も、ところどころ唐突で、滑らかではありません。しかし、読んでいるときは全く気にならなかった。それは何故かと考えたのですが、唐突さの原因は、少年と湯川先生の交流を優先するために事件展開を無理に曲げたような感じ。読んでる時は彼らの交流に目が行っていたから、事件展開の唐突さには目が行かなかったのです。
そう思って作品の題名『真夏の方程式』を見ると、ミステリっぽくない、ハートフルな題名に見えてきます。
※
Walk on, walk on
with hope in your hearts
And you'll never walk alone
you'll never walk alone
(歩き続けよう 希望を胸に
そうさ 俺達は一人じゃないんだ)
【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点
読後に何かが残った感じがするか…2/5点(湯川先生の成長ですね。ラストは意外に感動した)
繰り返し読めるか…3/5点(間を空ければ可能)
総合…4/5点
日本代表の冒険 南アフリカからブラジルへ
南アフリカ大会、日本代表初戦の生放送を、多大な諦念を以て迎えていた人へ、あるいは、初戦だけは一抹の期待を以て迎えていた人へ
- ISBN(13桁)/9784334036072
- 作者/宇都宮徹壱
- 私的分類/サッカー(ルポ)・日本代表(男子)
- 作中の好きなセリフ/
それでも彼らが、フットボールやスポーツの枠をはるかに超えたムーブメントを日本中に巻き起こし、なおかつこの国が抱え続ける閉塞感に辟易していた国民に、久々の高揚感と一体感を与えたという歴史的事実については、十分に銘記されてしかるべきである。
【私的概略】
ワールドカップ南アフリカ大会を現地で取材した宇都宮氏が、大会中、スポーツポータルサイト「スポーツナビ」に『日々是世界杯2010』と題して毎日更新していた取材記事をベースにして、大幅に加筆、修正したのが本作品です。
内容は、現地での日本代表の戦いを中心に、会場と周囲の盛り上がり、決勝トーナメント以降の強豪国の対戦レポート、マラドーナ監督、ドイツVSイングランドの幻のゴール、ウルグアイとフォルランの活躍、スペインの優勝、等々、「日本人にとって幸せだった南アフリカ大会」を振り返って、もう一回幸せな気分に浸ることができます。
【感想】
宇都宮氏は、世界のサッカーを取材してまわる有名なサッカージャーナリストです。特徴としては、日本国内リーグ、特に地域リーグやJFL(プロサッカークラブから見ると、Jリーグの下部組織的な位置付け)の取材にも力を入れていること(松本山雅FCというクラブがJリーグを目指していることとか、松本山雅FCが戦う信州ダービーの熱戦とか、この人の記事で初めて知りました)や、日本代表関連の記事では代表に対してソコソコ好意的な内容を書く人です。机上論に偏らない、地に足が着いている人という印象があります。
日本のグループリーグ初戦は、対カメルーン。代表の前評判は惨憺たるもので、ワールドカップだというのに、初戦の前日になっても日本中が深い諦念の中にいました。生中継は深夜で、確か次の日は平日という、サラリーマンにとって逆境なコンディションだったと記憶しています。私は職場で「モチロン生中継で観戦ですよ。モチのロンでしょ(古いセンスです)! だって日本が勝つもの」と言い切って、同僚たちをひかせていました。言い切った私も確たる根拠があったわけではなく(あの頃の代表の成績の悪さを考えれば、根拠なんて持ちようが無かったですよね)、「過去のワールドカップでは、日本代表の成績に対するマスコミの予測・希望が高い確率でハズレている」から、「今回は逆に可能性アリ」というような、半ばヤケクソの予想でした。
本作品で、私が一番心を動かされたのも、初戦前日の岡田監督会見後、著者がブルームフォンテーンの夕空を見ながら黙想した場面です。
『いずれにせよ、事ここに至って、小手先だけの選手起用やシステム変更では、もはやどうにもならないのである。問われるのは、この2年半にわたる岡田政権の是非であり、今となってはそれを信じるしかない。』
その通り、あの時はもう「ここが失敗だ」とか「失敗の原因は誰それの不明にある」とかいう記事を読む気にもなれず、ただ信じるより仕方が無かったです。この人の感想は、私の感想に割と近いので、「幸せな思いでを振り返る」には絶好です。
他にも、オランダ戦での中村俊輔起用に関する感想も、私の思いに近いです。
あの試合、確かに中村俊輔はチームにフィットできていませんでしたが、翌朝のWeb上の記事では、あちこちで酷評されていて驚いたのを覚えています。
本作でも『しかしながら「やる気が感じられない」とか「もう試合に出すな」という批判には、いささか承服し難いものを感じてならない。』という大前提で、中村俊輔起用の謎について考察しています。
以上のトピックについて似たようなご意見をお持ちだった方には、本作品は、お薦めです。
ただし、一つだけ、大きな問題が。
それは、本作品の紹介文、『スポーツポータルサイト「スポーツナビ」に『日々是世界杯2010』と題して毎日更新していた取材記事をベースにして、大幅に加筆、修正』です。
スポーツナビの『日々是世界杯2010』を、当時の私は毎日読んでいましたが、「大幅に加筆、修正」した個所が全く分からない、というのが私には不満です。プロローグとあとがきに、南アフリカ大会の翌年に行われたアジアカップのルポを載せているのが「加筆」に該当するのかもしれませんが、それだけでは「大幅」といえる量ではありません。多分、他にも加筆修正した個所はあるのでしょうが、加筆前後で作品に対する読者の印象が変わらないのでは、「大幅な加筆修正」とは言えないと思います。何よりも、『日々是世界杯2010』で宇都宮氏が言っていた『今大会における日本代表の総括については、いずれ日を改めて言及すべきだろう』に対する「日を改めての総括」が、本作品の「加筆部分」に見当たらないのは、空振り感を増幅します。
『日々是世界杯2010』をWebで無料で見た人間が、本作品に千円近く払うというのは、少しアンバランスな気もします。まぁ、『日々是世界杯2010』ほどの豊富な内容を無料で見られたというのが、そもそも驚くべき格安なのですが。
【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点(気楽に読めます)
読後に何かが残った感じがするか…3/5点(あの時の興奮がよみがえりますね)
繰り返し読めるか…4/5点(日本代表の躍進を何度でも振り返ることができます)
総合…3/5点(「スポーツナビ」に掲載されてた記事との違いが、イマイチ分からなかった)
光文社 (2011-02-17)
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季刊サッカー批評 51 日本のサッカーは誰のものか?
Jヴィレッジが今どうなっているのか気にしてる人へ、あるいは、サッカーが好きな人全般へ
- ISBN(13桁)/9784575452266
- 出版社/双葉社
- 私的分類/サッカー辛口評
- 作中の好きなセリフ/
一流選手は、思考よりもまず体が動く。だから満男は考えるよりも先に、言葉に出たんだと想像する。
【掲載記事】
- Jヴィレッジの存在意義 (木村元彦)(8頁)
- 戦術から見る震災後のJリーグ 優勝を狙うための4つのタスク(西部謙司)(6頁)
- 大東和美チェアマンが語る 3.11後のJリーグ (宇都宮徹壱)(インタビュー記事・6頁)
- 被災地救援を支えた塩釜FCの絆 塩釜FC小幡忠義理事長インタビュー(木村元彦)(インタビュー記事・8頁)
- サッカーをスポンサードするということ キリン、サッポロ、アクサ生命に見るサッカーを支援する意義 (ミカミカンタ)(7頁)
- コパ・アメリカ事態の顛末を問う (元川悦子)(4頁)
- アルゼンチンサッカー協会会長フリオ・グロンドーナ 「私が日本の辞退に反対した理由」 (藤坂ガルシア千鶴) (4頁)
- ソーシャルメディアはサッカーに何をもたらすか? 対談 速水健朗×岡田康宏 (川本梅花)(インタビュー記事・5頁)
- いま、サッカーに何ができるか 反町康治、北澤豪、小笠原満男の肉声 (井上俊樹)(6頁)
- ジャーナリスト魂 反骨の守護神(前編) 日本代表GKからジャーナリストになった村岡博人の記者人生を追う (木村元彦)(5頁)
- 大木武監督が思い描く「理想の日本サッカー」 (後藤勝)(インタビュー記事・4頁)
- なでしこリーグと女子日本代表の羅針盤 (川崎三行)(6頁)
- ヤタガラスは誰のものか(前編) 障害者サッカーの現在地 (海江田哲朗)(6頁)
- 韓国サッカーの躍進を支えるエリート育成術 (慎武宏)(6頁)
- コラソン・ヴァレンチと呼ばれし男・ワシントン (沢田哲明)(6頁)
- Through the Gate スタジアムを見つめる多くの視線 (写真記事・2頁)
- Hard after Hard 山田隆裕 異端児の人生行路 (大泉実成)(6頁)
- サッカー番組向上委員会 (小田嶋隆)(3頁)
- ゴール裏センチメンタル合唱団 (綱本将也)(1頁)
- 日本サッカー戦記 試合に隠された真実 あの日、あの瞬間を戦った当事者たちの肉声 (加部究)(7頁)
- サッカー文芸 哲学的志向のフットボーラー 西村卓朗を巡る物語 (川本梅花)(4頁)
- 僕らはへなちょこフーリガン (川崎浩一)(4頁)
- Football/ORIGINAL SOUNDTRACK (東本貢司)(3頁)
- 本の紹介 (戸塚啓・鈴木康浩・東本貢司・実川元子)
【感想】
大震災を受けて、選手達やクラブはどう変わったのか。復興にサッカーがどのように関わっていくことができるのか。そういった観点の記事がメインでした。
(1)衝撃だった記事…Jヴィレッジの存在意義
日本サッカーの聖地と言ってもよい福島Jヴィレッジは、震災後、自衛隊や東京電力など、原発事故の前線基地となりました。かつて緑のピッチだったであろう場所に自衛隊の車両が入っていく映像や、使用済み防護服やマスクの仮の廃棄場所として山と積み上げられている映像等、Jヴィレッジの様子が断片的にテレビに流れると「分かってるつもりだったけど、これほどまでか」と、Jヴィレッジの復興までの工程を思って暗澹としていました。
それにしても、全くといっていいほど入ってこないJヴィレッジの情報が、この記事でよく分かります(私はこの記事があったから本書を買いました)。
会社の内規に縛られて危険地帯を取材できない「マスコミ」と、Jヴィレッジの様子を克明に取材したフリーのジャーナリスト。原発の作業員の下請け、孫請け、それどころか8次受け(間に会社が入れば入るほどピンハネ額も増えていく)という「協力会社」の実態。原発を誘致して交付金で潤ってたんだろうという噂が実は間違いであったことなど、ある意味、福島のことに限らず、日本社会の負の面の縮図のようなものを感じました。
(2)勉強になった記事…戦術から見る震災後のJリーグ
私の愛するモンテディオ山形が勝てません。失点は多く、得点は少なく、どうしたのだろう?と思っていましたが、この記事でなんとなく分かりました。今年は強固な守備ブロックを築いているチームが多いということ。昔から「強固な守備ブロック」を売りとしていた山形の長所は相対的に薄くなり、そもそもの短所である「得点力の低さ」がさらに強調される結果になっているのでは、と。
(3)なんだか愉快な気分になった記事…Hard after Hard 山田隆裕 異端児の人生行路
横浜Fマリノス等で活躍したイケメンJリーガー山田選手の、現役引退後の話です。現役中から「引退後のことを考えている人間も組織もJリーグには全く存在しない」ということに気付いて自ら行動を起こし、引退後は企業家になって仙台で一発大当たりさせて、上り調子が一転、ツマづいて訴訟沙汰になってしまった、という紆余曲折の異色な「選手のその後」物語です。これだけだと転落人生のような印象で、愉快な気分になんて、なるわけがありません。しかし、インタビューから伝わってくる山田氏の野太さ、失敗にめげず、普通に次の事業を企画している自然体な強さが、読者の私を、なんだか明るい気持ちにさせました。
(4)記者の執念を感じた記事…サッカーをスポンサードするということ
記者は、私の中の有名人「ケンカ・ミカミカンタ」氏です。『サッカー批評』のこれまでの記事では、日本サッカー協会のありとあらゆるところに噛みつき、インタビュー記事でも堂々と不審点を追求し、読んでいる私をハラハラさせてくれました。最初ミカミカンタ氏の記事を読んだときは「硬派な記事=批判的な記事」という安直な発想の記者なんだろうと思ってましたが、氏の記事を色々読んで、どうやらそんな単純な記者ではなさそうだ、ということにようやく気付いてきた次第。
そんなミカミカンタ氏が、今度はサッカーのスポンサー様に取材。サッカー好きとしては、かなり冷や冷やなシチュエーションです。「まさか厳しい突っ込みはしないだろう」という恐怖半分「いや、彼はヤル」という期待半分。スポンサー企業の訪問記事なんてツマラナイ記事になりがちですが、ドキドキしながら読んでしまいました。
全体としては、「強大な相手チームに対して守備的に戦いつつも、時折危険なカウンタ―を繰り出して玄人の観戦者を満足させ、ただしスコアは1−0で負け」みたいな印象の記事でした。
今回のサッカー批評は、メインの題材が「震災」なだけに、軽々な感想を持てないような記事が多かったです。
「『スポーツの力を信じてる』なんて言っても、何ができるのよ?」というシニカルな反応に下を向き、コパ・アメリカ辞退に憤りつつも「じゃぁ、どうすれば良かったんだ」と現実的なことを言われれば下を向き、震災の現場でクラブの連帯を生かして復興の主力になっている塩釜FCの話を聞いて上を向き、上を向いたり下を向いたり忙しく首を動かしつつも頑張りたいなと思いましたです。
【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…4/5点(震災とサッカーに関する記事は、やはり重い気持ちになります)
読後に何かが残った感じがするか…3/5点(非常時にならなければ気付くことがなかった、平時の地道な活動の存在というようなものが勉強になりました)
繰り返し読めるか…3/5点(原発前線基地になったJヴィレッジや、コパ・アメリカ辞退、震災復興に励む塩釜FC。数年後に心の余裕をもって読み返せるようになりたい)
総合…4/5点