人物叢書 佐倉惣五郎

佐倉惣五郎を知らない人へ、あるいは、色々な事情で一揆を起こしたい人へ

  • ISBN(13桁)/9784642050104
  • 作者/児玉幸多
  • 私的分類/人物史・史実を知る
  • 作中の好きなセリフ/

政治家や武将の場合には、その片言隻句も研究の対象にされながら、農民のこととなると、惣五郎でも茂左衛門でも、神様あつかいするか、架空人物としてしまうかではあまりに片手落ちである。


佐倉惣五郎 (人物叢書 新装版)(←同作品を扱う他ブログへ)


【私的概略】
 江戸時代初期の義民(身を挺して正義を貫いた人(特にお百姓さん))、佐倉惣五郎。圧政に苦しむ佐倉藩(現在の千葉県佐倉市にあった堀田氏の藩)の領民を救うため、将軍徳川家綱に藩の暴悪を訴えました。結果、佐倉藩の政治は正されましたが、禁止されている将軍への直訴を行った罪で、佐倉惣五郎とその子供たちは処刑されてしまいました。自分や家族の命と引き換えに人々を救ったその行為は、後世の人々の篤く尊敬するところとなり、惣五郎を扱った歌舞伎のお芝居や講談本が、大いに人気を博しました。
 福沢諭吉や自由民権活動家は、自らの思想の先駆者として惣五郎を挙げています。辞書で「義民」をひくと、例には「佐倉惣五郎」という名前が登場するくらい、高名な人物となりました。


 とはいえ、佐倉惣五郎は江戸時代初期の農民。しかも、やった内容が内容だけに、藩や幕府の公式の歴史書には、惣五郎の事績は記載されません。何百年もの間、庶民の口伝えで彼の歴史が語られていくうちに、歪曲や欠落が発生して真相が分からなくなり、大げさなお芝居や講談本の内容が真実であるかのように、内容が変わっていきました。
 「佐倉惣五郎はお芝居で創作された人物で、実在しない」という説まで登場しています。


 本書では、宗吾霊堂佐倉惣五郎を祀る寺)や惣五郎一族の菩提寺に伝わる古文書、あるいは、佐倉藩徳川幕府の公式文書をもとにして計測・推測し、

  • 佐倉惣五郎は実在した人物なのか
  • 徳川将軍への直訴をした、というのは本当なのか
  • 惣五郎の家族は、その後どうなったのか

といったことの解明を、学者らしい堅実な態度で取り組んでいきます。



【感想】
 私の住む町は、佐倉惣五郎の佐倉から車で30分ほどのところ。時折、小学館の「マンガ日本の歴史」を読んだりするようになった9歳の長女の、夏休み社会見学の題材として、「佐倉惣五郎百姓一揆」を題材にすることにしました。


 まずは、百姓一揆とは一般的にどんなものか、「学習まんが 少年少女日本の歴史 14巻」の第二章で、信州上田一揆を参考にします。

 上田一揆のリーダーは、一揆を成功させたものの、禁止されている一揆の首謀者として処刑されてしまいます。自らの身を挺して仲間の苦難を除いた、いわゆる「義民」に該当する人たちです。
 「義民」という人が「正義の味方」的な人物で、実は、佐倉にもそんな人がいたんだよ〜。という話をして、そこで惣五郎関係の事跡をまわって、惣五郎がどんなことをしたのか勉強する、という感じの計画を立てたのですが。。。ここで難問が発生しました。


佐倉惣五郎がどんなことをしたのか、よく分からない」のです
惣五郎の事績には諸説があって、ネットで調べると「整合性のある惣五郎の事績」が全くつかめませんでした。


 佐倉惣五郎という人物は、地元佐倉では「宗吾霊堂」なる佐倉惣五郎の功績を顕彰するためのお寺もあり、有名な歴史上の人物です。しかし関西から来た所詮は外来人の私にとって、正直な感想を言えば「お年寄りにウケてる人物」というイメージ。涙あり感動ありタタリに勧善懲悪ありの120分間芝居小屋登場人物風な感じで、私にとっては疎遠な人物だったのです。


 我ながら軽率な選択だったと後悔すること3分。一瞬、反転して「京都本願寺親鸞」とか別のテーマに変更しようかとも思いましたが、「いや、親鸞の教義は難しい。『いわんや悪人をや』なんて説明したら誤解しちゃいそうだ。それよりも、義民=正義の味方という分かり易い位置づけの佐倉惣五郎で行こう」と当初の方針を堅持。「ついでに『義民』という概念から、リーダーシップとリーダたる者の心がけを養ってもらうのだ!」勝手に養われる長女は迷惑でしょうが(そして結局養われないかもしれませんが)、「震災節電モードでクソ暑い炎天下にジリジリするお寺や事跡巡りをしてツラかった」という記憶だけでも残ってくれたら、というほのかな期待を持って取り組むことにしました。


 ネットで「佐倉惣五郎」を検索して関連書籍を探すこと数分(選ぶほどたくさんはヒットしませんでした)。買ったのがこの本です。
佐倉惣五郎 (人物叢書 新装版)
 社会見学の親の予習としては、実に有効でした。本書は人物叢書シリーズというマニアックな部類で、読んでも分かりにくい箇所が普通にあるシリーズなのですが、本書に限っては、それがありませんでした。著者の児玉幸多氏は、さきの「学習まんが 少年少女日本の歴史」シリーズの監修を勤めた人物ですから、その辺も、本書の分かり易さと関係あるかもしれません(注:本書はマンガではありません)。
 昭和30年代に書かれた本であるという古さはネックですが、佐倉惣五郎についての研究が活発なわけでもないので、おそらくその後の研究に大幅な進展は無いだろうと思います。だから問題ありません。
 佐倉惣五郎の伝記に関する色々な諸説も、パターン分けされて載っているので矛盾無くそれらを把握できます。そして何より本書の白眉は、「史実はどうだったのか」に迫る過程です。お寺の過去帳佐倉藩の納税台帳から、佐倉惣五郎が実在の人物で、わりと裕福な(おそらく庄屋クラスの)農民だったらしいことが明らかにされたり、「佐倉藩の過酷な政治」は史実なのか、といったことが明らかになっていきますが、この過程がミステリよりも興奮します。
 これ一冊で、相当な佐倉惣五郎通になれますね。間違いなく。


 万全の知識を有して、佐倉惣五郎を祀る宗吾霊堂に行きました。

 境内には、惣五郎の事績13場面を人形をつかって描いた「御一代記館」という建物(有料)があります。長女も「マンガ日本の歴史」で農民一揆を予習していたので、内容を理解することができました。私も、「御一代記館」に表現されている惣五郎の事跡が、諸説ある中のどのパターンの惣五郎伝記なのか、すぐに把握できたので、スムーズに長女に説明することができました。


 ただし長女は、私のクドい説明よりも、要点をつかんだ妻の説明の方に心を動かされた様子。私の説明を聞いて佐倉惣五郎の伝記を把握し、的確に分かり易く娘に翻訳してくれた妻がいなければ、この社会見学は中途半端に終わっていたかもしれません。
 帰宅後、見学のレポートも娘に色々な示唆を与えて何とか完成させ、十分な成果物を作ることができました。が、夏バテの影響か終始無気力な顔をしていた妻に要所を締められて、あれだけ準備したはずの私がなんとなく不発な感じになってしまったのが、唯一心に引っかかるところでした。


 どんなに知識を溜め込んでも、それを表現する術を持たなくては意味が無いな、と私も夏休みに勉強してしまいました。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…4/5点(わりと読み易かったです)
読後に何かが残った感じがするか…4/5点(佐倉惣五郎の伝記と、現在把握できている史実とが分かりました)
繰り返し読めるか…3/5点(間を空ければ再読可)
総合…4/5点(特に後半は謎解きのような楽しさがありました。意外です)


佐倉惣五郎 (人物叢書 新装版)
児玉 幸多
吉川弘文館
売り上げランキング: 687840