プリンセス・トヨトミ

大阪を愛する人へ、あるいは、最近息子と話をしていない父親または逆に息子へ

  • ISBN(13桁)/9784167788025
  • 作者/万城目学
  • 私的分類/娯楽小説(現代・大阪)・面白い話
  • 作中の好きなセリフ/

「父から子へ大阪国の真実を伝える−我々が四百年間、続けてきたことは、たったこれだけだ。あなたはそれを無駄なことだと言うかもしれない。だが、そこには、かけがえのない想いが詰まっている。我々はこれからも“王女”を守る。たくさんの大切なものと一緒に、大阪国を守り続ける−これがすべての問いに対する、我々の答えだ」


プリンセス・トヨトミ (文春文庫)(←同作品を扱う他ブログへ)


【私的概略】
 映画化作品。(ネタバレにならない程度の概略説明です)


 会計検査院とは、税金の無駄遣いが無いかを厳しく検査することをその職責とし、由緒あるお役所にして、立法・行政・司法の三権からも独立した何だかカッコ良い存在。その会計検査院第六局の副長は「鬼の松平」と異名をとる腕利きの調査官です。二人の部下、鳥居と旭を連れて出張した大阪でも、その才能はいかんなく発揮され、大阪府庁をギリギリに締め上げます。普段通りの検査を終えての東京帰京、直前で思い立ったのが大阪にある父親の墓参り。これが松平とストーリーの流れを大きく分岐させていきます。
 先に東京に帰った部下からメールで送られたのが一つの不審な社団法人「OJO(大阪冗談機構?)」の情報です。完璧主義の松平はOJOへの検査を行いますが、しかし、そこで目にしたものは、東京人の常識ではとても信じることのできないほど非常識で、なおかつ冗談なぞが付け入る余地の全く無い超真面目な存在だったのです。


 並行して走るもう一つのストーリーは、大阪空堀商店街の中学生日記です。真田大輔は地元の中学校に通う二年生の男子ですが、昔から感じていた、ある違和感をどうしても拭うことができず、悩みに悩んだ挙句、ついに一大決心をして登校しました。そんな大輔を守ろうとする人たちと、大輔を蔑み傷つけようとする不良たち、両者の狭間で大輔の決心は揺らぎ、惨めな思いにさいなまれ続けます。

 大輔とその周囲の騒動が、松平VS「OJO」の一騎打ちと交差した時、ついに大阪の秘密の扉がノッソリと表に現れたのでした!



【感想】
 色々な感想が湧きました。ネガティブだったりポジティブだったり、些末なことだったり、ストーリー全体に対する感想だったりです。


 まずは全体イメージからですが、「鹿男あおによし」や「鴨川ホルモー」のようなのを期待して読むと、やや期待ハズレです。そういった面白さ一辺倒からは離れたところを目指した感がありました。少し肩すかしのような気もします。
 ただ、(「プリンセス・トヨトミ」の題名通り)本書の素材の一つである「徳川家康に滅ぼされた豊臣家の遺児が生き残っていた」伝説は、私の好きな伝説です。素材が好きだったので、肩すかし感も軽減しました。さらに言えば、巻末付録の特別エッセイ「なんだ坂、こんな坂、ときどき坂」にある記載「あれほど晩年、(豊臣)秀吉が無様なまで、その無事を祈り続けた(豊臣)秀頼が、呆気なく(徳川)家康に攻め滅ぼされてしまうのが、どうにもやるせなかった。同じく真田幸村の学習マンガに、大阪の陣ののち、幸村が秀頼を匿って大阪城から逃げたかもしれない、という噂が当時根強くささやかれた−と書かれた番外コラムを見つけたときは、本当にそうであったらよかったのに、とさびしく夢想した」という作者の気持ち、私もよく分かります。何せ、「真田幸村の学習マンガ」というのは私も同じのを買って読みましたし、私も同じく「番外コラム」で「さびしく夢想した」クチだからです。
 著者略歴を見たら、私と同世代でしたね。作者は大阪、私は京都、似たような本を読めば似たような感慨を持つのでしょう。ということは、本書は(真田幸村マンガじゃなくて「プリンセス・トヨトミ」の方です)日本の中でも大阪の人が特に強く反応する要素があると言えます。
 巻末エッセイの最後に「つまり、『プリンセス・トヨトミ』は私なりのふるさとを書いている、といいうことらしい」と書かれているのとも一致しますね。


 後は些末な感想です。
 万城目作品の定番、登場人物の名前について。今回も登場人物の名前は歴史上の人物の名前、それも大体戦国時代の名前から取られています。東京から来る調査官は、松平、鳥居といった具合に徳川幕府の要人の名前から取ってます。対する大阪の登場人物は、真田を筆頭に、長宗我部、蜂須賀、後藤、宇喜多、小西等、関ケ原で大阪方についた人物や豊臣秀吉に縁の深い武将や地名から取った名前です。万城目作品を読むたびに思うのですが、私はこういうの大好きだったりします。ただ本作では、単に「名前を取っただけ」ではない設定もありました。そういう小さいどんでん返しも気付けばたまりません。
 あともう一つ、松平の部下の旭。この名前はどこから取ってきたのでしょうか?どなたか分かった方いらっしゃるでしょうか?


 どんでん返しと言えば、中学生の登場人物、真田大輔のキャラクター設定です。私は読んでる間ここだけは、ずっと顰蹙に近い違和感を感じてました。このキャラは結構深刻な問題なのに、こういうキャラにする必然性があるのかしらんと。必然性が無ければ安易なキャラ設定に読後感がイマイチになる危険すらあります。読んでて油断するとそっちばかりが気になりました。
 これも、最後は思わぬどんでん返しとともに「なぜ、こんなキャラ設定が必要だったのか」が分かるのですが、どんでん返された時、私は完全に一本取られてました。さすが万城目氏は人気作家です。(映画が原作を凌駕することは無いと思うので)映画化されても映画は見ませんが、この辺はどう表現するのだろうか興味はあります。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点
読後に何かが残った感じがするか…2/5点
繰り返し読めるか…3/5点(間を空ければ)
総合…4/5点


プリンセス・トヨトミ (文春文庫)
万城目 学
文藝春秋 (2011-04-08)
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あやし うらめし あな かなし

怖い話の苦手な人へ、あるいは、「怪談」を格の下がる文学だと思っている人へ

  • ISBN(13桁)/9784575512236
  • 作者/浅田次郎
  • 私的分類/怖い話(短編)
  • 作中の好きなセリフ/

「おたがいの親ならいいけど、ほかの人が寄ってきたらいやだな」
言ってしまってから、背筋に怖気を感じた。葉月は答えてくれなかった。


あやし うらめし あな かなし (双葉文庫)(←同作品を扱う他ブログへ)


【私的概略】
 「文学の極意は怪談にあり」と浅田次郎氏が取り組んだ怪談短編集。


赤い絆
 関東の霊山で起きた心中事件の顛末。幽霊的なものは殆ど登場してないが、こわい。

虫篝
 父親のそっくりさんが家族の前にあらわれる。ラストの父親の少しおどけたような感じが逆に哀しい。あまり幽霊ぽくない。

骨の来歴
 最後に話がヒックリ返ったとき、読み始めから何となく感じていた違和感の正体を知る。やや西洋の怪談ぽい。良かった。

昔の男
 浅田次郎氏の他の作品と、どことなくかぶっている。そういう意味では浅田次郎氏らしい作品。

客人
 正統派な怪談話、だと思う。この、「だと思う」と読者に断定させないところが、良かった。

遠別離
 浅田次郎氏の他の作品と、ハッキリかぶっている。浅田次郎氏得意の型にはまった作品。こういうの好きです。

お狐様の話
 正統派な怪談話。徐々に悪い方向に向かっているのが明らかなのに、どうにもならない感じが、正統派。巻末の自作解説で、本当にあった話を題材にとったということで、さらに怖くなった。



【感想】
 本の紹介に『「文学の極意は怪談にあり」を見事に体言した七つの優霊物語』とありました。「ふ〜ん。上手い作家は怪談を上手に書くのか」と思って購入しました。怪談を扱った本はたいていが短編集。書評ブログを書いてて気づいたのですが、私は短編集がどうもツマラない。各編の印象が薄くて余韻が残らない。上手い作家である浅田次郎氏の怪談に期待半分あきらめ半分で読んでみました。。。が、確かに面白い。私の好きな「壬生義士伝」や「一刀斎夢録」に比べれば印象が薄くなりますが、私が読んだ怪談本の中では上位ランクインです。特に何が良かったかというと、怪談の醍醐味であるお化けがヒュ〜、ドロドロドロ、というのが無い怪談話。私はヒュ〜ドロドロが好きな性質なので、怪談話でそういうのが無いパターンの話を読むと損した気分になってしまうのですが、本書のは、良かったな〜、と思います。さすがは浅田次郎氏です。


 巻末の文庫版特別インタビューも、また善し。創作秘話で作者が怪談をどうとらえているかがよくわかります。自作解説を読んでから本編を再読するのも楽しいです。先に自作解説を読むとネタバレになりますが。それはそれでも良いかもしれません。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点(読めます)
読後に何かが残った感じがするか…2/5点(御岳山なる関東の霊場の存在を知った)
繰り返し読めるか…3/5点(2,3年後にもう一度)
総合…4/5点


あやし うらめし あな かなし (双葉文庫)
浅田 次郎
双葉社
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五郎治殿御始末

わりに合わないことばかりしている人へ、あるいは、逃げ遅れてる人へ

いずれ鉄道が敷かれるとなれば、飯田橋の名の残して消え去るさだめであろうが、そのときはまた小役人の矜りにかけて抗ってみようと大河内は思った。


五郎治殿御始末 (新潮文庫)(←同作品を扱う他ブログへ)


【私的概略】
 「壬生義士伝」「憑神」が映画化されるなど、幕末・明治維新を舞台にした時代小説を得意とする浅田次郎氏の短編集。
 徳川幕府が滅び、職を失うことになった武士たち。ある者は商人に、ある者は役人に、ある者は軍人に、ある者は人力車夫になって、時代の生け垣を乗り越えて明治の世の中に溶け込もうとします。本作に登場するのは、時代の生け垣を乗り越えることをためらっている侍たち、あるいは、乗り越えようともがいている侍たちです。


 掲載されているのは以下の6篇。それぞれ3,40頁の短編です。


椿寺まで
 子供が主人公。ラストが泣かせる


箱館証文
 困窮する侍が、昔とった突拍子もない借金証文をかたにお金を工面しようとする話
 面白いが、やや切ない


西を向く侍
 和算術と暦法を専門とする優秀な侍が、明治政府による西洋暦導入に翻弄される話
 自分の専門分野に誇りを持つ侍の気概が清々しい。


遠い砲音
 アワーズ(時)・ミニウト(分)・セカンド(秒)。彦蔵は、軍隊に導入された西洋の時間概念がどうしても理解できない。
 ハッピーエンドですが、これもこれで切ない。


柘榴坂の仇討
 仇討のために藩を飛び出したものの、明治維新により藩は潰れ、明治政府により仇討が禁止されて、文字通り始末に困った侍の話
 ラストの、仇討の原因になった旧主君の笑顔が◎


五郎治殿御始末
 明治維新により解体される藩の後始末をし、家を始末し、最後に自身の始末をつけた老武士と、その孫の話
 泣ける。



【感想】
 文庫の裏に本書の概略が「江戸から明治へ、侍たちは如何にして己の始末をつけ、時代の垣根を乗り越えたか」とありました。
 この手の概略は、自分の読後の感想と微妙に異なる場合が多いのですが、この本については一致してました。そういう内容の本です。
 私の先祖は、愛媛県今治市で侍をやっていました。しかし、家系にまつわる歴史は、私の祖父からスタートしています。私の祖父は幼いころに戦争で父や親族を失い、母親とともに、母親の実家に居候をしていた、というのがスタートです。祖父の幼いころの「戦争」というのが、何の戦争のことか、それすら分かりません。その「戦争」の向こうは闇に包まれ、30年前に祖父が亡くなった今や、詮索のしようもありません。そんなことを、本書に登場する「時代の生け垣」とダブらせながら私は読んでいました。


 掲載6篇はどれも、切なかったり、笑えたり、泣けたりする、浅田氏らしい作品ですが、短編だからしょうがないのか、それぞれ印象が薄くなりがちなのが残念。私は短編の楽しみ方が分かってないのかな。。。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点
読後に何かが残った感じがするか…2/5点(残ったような気がする)
繰り返し読めるか…3/5点(時間を空ければ、また)
総合…3/5点(私、短編は印象が薄くなるもので)


五郎治殿御始末 (新潮文庫)
浅田 次郎
新潮社
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幻獣ムベンベを追え

かつて探検部員だった人へ、または、ネッシーとか好きな人へ

  • ISBN(13桁)/9784087475388
  • 作者/高野秀行
  • 私的分類/ルポ(秘境探検)・ミステリ(UMA)・旅(ていうか冒険)
  • 作中の好きなセリフ/

「えーと、それでぼくたちは怪獣を探しに行こうと思ってます」


幻獣ムベンベを追え (集英社文庫)(←同作品を扱う他ブログへ)


【私的概略】
 高野氏は第1回酒飲み書店員大賞受賞作家にして、世界を探検する探検家です。本書は、氏の早稲田大学探検部時代、幻の古代恐竜「モケーレ・ムベンベ」を捜索するべく、苦心惨憺してアフリカの湖へ探検に出かけた記録です。


 モケーレ・ムベンベはネス湖ネッシーみたいな立ち位置。ブロントサウルスとかフタバスズキリュウが現代まで生き残ってた!みたいなイメージです。18世紀後半に巨大生物の足跡が発見されて以来、アフリカはコンゴのテレ湖では1980年代にも複数の探検隊がこの怪獣を目撃。30メートルくらいの距離に太い首が水面から突き出ているのを見た、とか、テレ湖は氷河期の影響を受けた可能性が少ない、とか、「ネス湖よりもずっと恐竜生存の可能性が高い」と注目されていました。


 早稲田大学探検部員だった作者は、モケーレ・ムベンベ捜索隊を編成し、コンゴへ乗り出します。
 日本と国交の無いコンゴへの渡航交渉や、極めて限られている現地の情報収集、インターネットや電子メールが普及していなかった当時のこと、普通の大学生が経験することのないタイプの苦心を重ねています。やっとの思いでコンゴに渡れば、政府の言うことを聞かない地元の村との個別交渉は信仰問題まで絡むとてもタフな内容。なだめすかしてやっと湖の調査を始めればキャンプ地に未開の自然の洗礼が、大量の毒虫やマラリアとともに来襲します。
 その惨状は本書の裏にある通り、「勇猛果敢、荒唐無稽、前途多難なジャングル・サバイバル78日」。早稲田大学探検部、モケーレ・ムベンベ調査隊11人は、はたして古代恐竜の痕跡を見つけることができたのでしょうか?



【感想】
 私も早稲田大学探検部には縁がありまして、作者の高野氏の話も、モケーレ・ムベンベ捜索の話も、伝説として聞いていました。本書でも登場しますが、この探検部には自浄(?)作用というようなものがありまして、部としての活動が、安定期ともいうような、要は小さくまとまって満足するような傾向が現れると「探検とはそんな小賢しいものではない」というような激しい主張をする探検部原理主義的な大物部員が先輩後輩関係なく澎湃として立ち上がり、また、原理主義者たちの中でも主張の異なる(主張が一致していても)部員たちが正面から激突し(暗躍とか冷戦とかそんなネクラなマネはしません。正面から熱い議論を戦わせるのです。強いお酒が入った時には取っ組み合いのケンカなんかもありました。あれは平成真っ盛りの話なのですが、今思うと、なんだか昭和な感じですなぁ)、そんな衝突から激しい探検アイデアが生まれ、部の活動が活発化していく、という、面白いバイオリズムを持っていました。


 おそらくは、モケーレ・ムベンベ探しという破天荒な夢を実現させたのも、そんな活発化の過程だったのでしょう。


 破天荒な夢はすばらしいのですが、実際に行ってみると現地では凄い苦労と疲労と飽食の時代に珍しい飢えが待っている、というのも探検部の特徴です。旅行じゃない、探検なのだから当然です。
 本書では、マラリアとか、すさまじい大量の毒虫で体中腫物だらけになるとか、ジャングル独特の苦難に襲われています。ストーリーのメインも、ムベンベ探しと苦労話で二分割されてる感じ。日本人がマラリアに苦しめられるというのは、太平洋戦争のガダルカナル島とかくらいしか知りません。「戦後」という区切りすら遠い昔になっている時代に、日本の若者がアフリカでそんな病とたたかっていたなんて、「時代錯誤」という字を当てはめてみたくなります。
 そんな苦労をしてまで得たいものが、怪獣ムベンベを見たい、というのですからもはや常人の理解を軽く2メートルは超えていますね。この2メートルくらい超えてるところも、探検部の特徴なのです。


 激闘(食糧不足で飢えに悩まされて不活発な「激闘」でしたが)70日の末、探検隊はキャンプ地を撤収、帰国の途につきます。直前、地元の古老にムベンベに関する聞き取りを行い、ムベンベという存在に関する根本的な情報を得ます。とらえようによっては、今回のムベンベ捜索活動全体の根幹を揺るがしかねない重大な情報だったのですが、この時の隊長(作者)の感想がカッコ良かった。
 「やられたな、という感じである」
 淡泊です。激闘して、やるだけやった後に訪れる、悟りの境地ともいえる淡泊さ。彼らには「好漢」という称号を奉りましょう。好漢なんて、水滸伝梁山泊に集まる人たちくらいしか思いつきません。いまどき珍しいタイプの人物です。私もこんな男になりたかった。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点
読後に何かが残った感じがするか…3/5点(根性とも違う、根性ぽいものが)
繰り返し読めるか…3/5点(間を空けて読み直せば、再度得られるものも多いでしょう)
総合…4/5点(これぞ、ザ・探検部員です)


幻獣ムベンベを追え (集英社文庫)
高野 秀行
集英社
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スポーツ・ノンフィクション選 熱狂のアルカディア

スポーツ観戦が好きな人へ、または、戦術論だの技術論しか語らないスポーツ記事に辟易している人へ

  • ISBN(13桁)/9784163708508
  • 作者/藤島大
  • 私的分類/ルポ(スポーツ全般)
  • 作中の好きなセリフ/

練習が始まる。止める。蹴る。動く。単純な動作は完璧に連続する。技術を語るには役が重い。ただし、確信は得られた。
イタリアは勝つ。


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【私的概略】
 藤島大氏は、早稲田大学ラグビー部出身のスポーツライター。2002年ミズノスポーツライター賞受賞。「Number」が選ぶスポーツノンフィクション1位を獲得。
 人物ルポ9編
1.釜本邦茂
 不世出の天才ストライカーはいかにして生まれたか
2.吉田義人
 不遇のラグビー選手
3.前田智徳
 アキレス腱断裂が心身にのしかかった広島カープの天才打者
4.宿沢広朗
 スコットランドに歴史的な勝利をおさめた日本代表監督
5.山田重雄
 女子バレーに金メダルをもたらした監督の光と影
6.安田善治郎
 女子ホッケーをアテネ五輪に導いた監督の、世界一の情熱と知性
7.エンツォ・マイヨルカ
 閉息潜水の世界記録保持者は、シチリアの詩人だった
8.原進
 ラグビーの名手にして、プロレスラー。
9.友川カズキ
 フォーク歌手。バスケット国体制覇無数の名将すら畏れるほど、指導者の才を持つ人物だった
10.ユナイテッドの背番号7をめぐる冒険
 サッカー・マンチェスターユナイテッド
11.前衛思想としての新日鐵釜石
 ラグビー新日鐵釜石の日本選手権7連覇
12.裏切りの予感に包まれて
 2002年ワールドカップサッカーで日本人の共感を呼んだアイルランド
13.知られざる名将、沖縄にあり
 沖縄の高校スポーツ界にいる名将たち
14.老人と海とナカムラ
 中村俊輔(サッカー)と、南イタリア
15.1988年冬・茗溪学園ラグビー部 新しい風の誘惑
 ウェールズ流のラグビーを愛した監督が到達した、個人主義ラグビー
16.酒とイラブの日々
 ニューヨークヤンキースと伊良部
17.1997年11月15日、不滅のアズーリ
 ナポリとイタリア代表サッカー



【感想】
 出版系専門紙の特集記事で、とある出版社の編集者さんが「藤島大さんに胸を張って見せられる本を作ることを常に念頭に置いている」というような趣旨のことを言っていました。「ふ〜ん。そうかい」と思ったはしから出版社も編集者さんのお名前もキッチリと風化させてしまいました。が、「藤島大」の名前だけは忘れませなんだ。調べてみると、どうやらラグビー関係の記事を得意としているようで、ご自身も早稲田大学ラグビー部出身とのこと。あいにく私にとってラグビーはルールが分からなくて敷居高いスポーツ。他のスポーツを題材にした本を書いてないのかと探して見つけたのが、この本でした。


 野球・バレー・アイスホッケー・サッカー+ラグビー。本書で扱っているスポーツは多彩です。私にとってサッカー以外は殆ど興味がないのですが、それでも面白く最後まで読み切れたのは、文章に魅力があったからです。ブツッ、ブツッのぶつ切りの短いセンテンスは、テンポの良さというより武骨な印象が漂います。内容は、スポーツへの情熱というような、感性の部分がメインです。暑苦しい話ではありません。上の「作中の好きなセリフ」のような、なんというのか、こんな感じです。
『釜本のあとストライカーはいませんね。
 浦和レッズGMの森考慈は、語尾を詰まらす調子で即答した。
 「いないっ」』
 この「いないっ」と語尾を詰まらせたところを強調するあたり、作品全体にこういう感じなのです。
 サッカー記事とか読んでると、戦術論が横行しています。そういうのを教養として知っているのも悪くはないが、記事にそればかりを要求するのはどうか。4−4−2だろうが4−5−1だろうが、4−2−4だろうが、「なんでもいいから勝て」と言いたくなります。


 もうひとつ、本作の特徴は、スポーツ界で大成功を収めた大スター選手に力点が置かれていないこと。本作で登場した大スター選手といえば、釜本(サッカー)とジョージ・ベスト(サッカー)くらいのものです。強化費が底を突いてお鉢が回ってきた女子ホッケー日本代表監督の話とか、女子バレーに数々の栄光をもたらした監督のほの暗い側面とか、日本のバスケットボールに少なからぬ影響を与え、本人も望んでいるにもかかわらず監督になることをなかばで諦めた男の話とか。藤島大氏の作品では、長嶋や巨人や阪神は輝かないかもしれません。それが、また、良い。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…4/5点(読める。されど、本そのもののサイズが少々大きい)
読後に何かが残った感じがするか…3/5点(スポーツへの情熱)
繰り返し読めるか…3/5点(間を空けて読み直せば、再度得られるものも多いでしょう)
総合…4/5点


京を支配する山法師たち 中世延暦寺の富と力

比叡山好きで年5回は登っている人へ、あるいは、不如意がいっぱいある人へ

  • ISBN(13桁)/9784642080552
  • 作者/下坂守
  • 私的分類/日本史(中世史)・史実を知る
  • 作中の好きなセリフ/

天仁元年(1108)三月三十日、新月の夜、京都の人々はかつて見たことのない風景を目のあたりにする。


京(みやこ)を支配する山法師たち―中世延暦寺の富と力(←同作品を扱う他ブログへ)


【私的概略】
 比叡山は京都の鬼門の方角にあり、鎮護国家の大道場です。現代の我々が比叡山に登れば、東塔・西塔・横川からなる多くの堂塔伽藍が鎮座し、一台宗教施設です。その昔は、最澄とか円仁とか、若き日の法然とかを輩出していますし、日本仏教の知識の最先端というイメージです。ところが、ところが、その比叡山を事実上運営していたのは、そういった宗教者というよりも、山法師の群れのような「衆徒」といわれる人々であったようです。


 この本には、そういう「衆徒」がどのように生まれ、どのように権力を握り、どのように京都の権力と強力・対立し、やがてどのように衰退していったかが、豊富な古文書の解析を下敷きにして、学術的に解説されています。
 宗教的権威を背景に、山法師が日吉神社の神輿を担いで京中に暴れ込んだ強訴の分類。宗教活動を経て集めたお金で金融資本となり、京都を金融面から支配していった経緯。室町幕府と協力して商人に対する徴税機関になった様子など、比叡山が現世に対して強勢を誇った時代が中心です。
 やがて、応仁の乱を経て宗教に対する人々の畏怖心が減退し、比叡山やその配下の寺の領地が武士に横領されていきます。僧兵・山法師衰退時代の入り口に至って本書は終了します。



【感想】
 まだ1回読んだだけなのですが。。。この本は繰り返し読み込まないと、内容を完全把握することはできません。上の私的概略を読んで分かったと思いますが、なんとなく内容がブレてますよね。概略の書き方が。一応、本書に書いてあった内容を載せているのですが、ちゃんと理解してないから、概略の書き方がウマくいきません。


 どっちかというと、本書のメインから離れた脇役的な、日本意外史情報の方が記憶に残りました(これも、まだ一読しただけだからでしょうか)。
 たとえば、足利義満の子、足利義持。地味なイメージで、華やかな足利義満に比べると何をやったのかよく分かりません。が、足利義持の治世は、朝廷や比叡山と協力して、意外なほど安定したものだったようです。飢饉のさなかに銀閣を造った足利義政は政治的に無能な印象が強いですが、治世の初期は、細川勝元とともに緊縮財政に取り組んだりして、一応頑張ってみたこともあったようです。
 他にも、山門使節なる、比叡山を領地とする守護大名のような存在があったとか、「比叡山」の「ひえい」の名の由来とか、、、ありふれた歴史本なんぞには内容が深過ぎて決して載らない知識がたくさんあって、面白かったです。


 ただ、、、本を買った動機は、比叡山の堂塔伽藍の来歴を知っておけば、比叡山を訪れた時に楽しかろうな〜。ということだったのですが、その辺は、あまり効果がありませんでした。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…3/5点(集中して読まないと内容がこぼれます)
読後に何かが残った感じがするか…3/5点(比叡山と京都の関係が分かった)
繰り返し読めるか…4/5点(繰り返し読まないと掌握できません)
総合…3/5点(比叡山好きなら4点)


死墓島の殺人

職場で冷戦状態の人へ、あるいは、何も考えずに読むことができる本を探している人へ

  • ISBN(13桁)/9784043943623
  • 作者/大村友貴美
  • 私的分類/ミステリ(金田一耕助風)
  • 作中の好きなセリフ/

「娘もそう言うの。『誰もいなぐなる』って。ほれ、子守唄通りだど!」
「子守唄?」男が繰り返した。
「ほら、『三人残して皆殺し』!皆、いなぐなるって」


死墓島の殺人 (角川文庫)(←同作品を扱う他ブログへ)


【私的概略】
 岩手県沖の離れ小島を舞台に起きた連続殺人事件。戦国の昔、とある大名家が幼君を奉じてこの島にたてこもり、激戦の末に家来の裏切りにあって滅亡しました。裏切った家来たちの末裔がこの島の住民たちで、島には今も、殺された主君や家来たちの呪いの伝説が残っています。
 滅亡した武将の隠し財宝。モウレン船なる幽霊船の噂。皆殺しを暗示するかのような子守唄。島の旧家の対立。横溝正史のような世界を舞台に、閉鎖社会で多くを語りたがらない島民相手に苦心しながら、藤田警部補は捜査を進めます。

 作者は、第27回横溝正史ミステリ大賞を受賞。「首挽村の殺人」では、古典的な内容ながら、地方の過疎問題という現代的な話題をにじませて評価されています。今作も、大体そんな傾向の内容です。



【感想】
 ウ〜ム。。。消化不良でした。
 いわくつきの島に残る怪奇な伝説。閉鎖的な島民相手の捜査。何か暗い過去を持っているような気配の主人公。捜査現場の対立。古典的な題材です。過疎問題やコンパクトシティ構想を巡る政争といった現代的な話題も盛り込まれてます。そこに登場人物たちの人生の悩みというものが絡んで、横溝正史の世界・社会派サスペンスの世界・まちづくりの話題とテレビドラマ風ストーリーがテンコ盛りです。どれもそれぞれ興味深いのですが、1つの推理小説の中に混在して全てが中途半端になっているような印象。


 個人的には金田一耕助シリーズの大ファンなので、また、本の紹介文にも「横溝正史の正当な後継者が描く」とあるのだから、もっとベタなくらい横溝正史な感じの題材に特化して欲しかったと思います。完全な金田一コピーと見られないように工夫したのだと思いますが。。。作者のデビュー作「首挽村の殺人」の方が、こなれていたと思います。


 それくらいしか感想が出ません。このように書くと、かなり悪い印象を持っているように思われるでしょうが、実は、そうでもないのです。ただ、印象が薄いというか、私的に引っかかる個所が無くて、感想が湧かないのです。そういう意味では、ディープじゃなくて敷居の低い内容と言えるのかもしれません。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点
読後に何かが残った感じがするか…1/5点
繰り返し読めるか…2/5点(何年か経って内容を忘れた頃に挑戦を)
総合…2/5点


死墓島の殺人 (角川文庫)
大村 友貴美
角川書店(角川グループパブリッシング) (2010-09-25)
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