幻獣ムベンベを追え

かつて探検部員だった人へ、または、ネッシーとか好きな人へ

  • ISBN(13桁)/9784087475388
  • 作者/高野秀行
  • 私的分類/ルポ(秘境探検)・ミステリ(UMA)・旅(ていうか冒険)
  • 作中の好きなセリフ/

「えーと、それでぼくたちは怪獣を探しに行こうと思ってます」


幻獣ムベンベを追え (集英社文庫)(←同作品を扱う他ブログへ)


【私的概略】
 高野氏は第1回酒飲み書店員大賞受賞作家にして、世界を探検する探検家です。本書は、氏の早稲田大学探検部時代、幻の古代恐竜「モケーレ・ムベンベ」を捜索するべく、苦心惨憺してアフリカの湖へ探検に出かけた記録です。


 モケーレ・ムベンベはネス湖ネッシーみたいな立ち位置。ブロントサウルスとかフタバスズキリュウが現代まで生き残ってた!みたいなイメージです。18世紀後半に巨大生物の足跡が発見されて以来、アフリカはコンゴのテレ湖では1980年代にも複数の探検隊がこの怪獣を目撃。30メートルくらいの距離に太い首が水面から突き出ているのを見た、とか、テレ湖は氷河期の影響を受けた可能性が少ない、とか、「ネス湖よりもずっと恐竜生存の可能性が高い」と注目されていました。


 早稲田大学探検部員だった作者は、モケーレ・ムベンベ捜索隊を編成し、コンゴへ乗り出します。
 日本と国交の無いコンゴへの渡航交渉や、極めて限られている現地の情報収集、インターネットや電子メールが普及していなかった当時のこと、普通の大学生が経験することのないタイプの苦心を重ねています。やっとの思いでコンゴに渡れば、政府の言うことを聞かない地元の村との個別交渉は信仰問題まで絡むとてもタフな内容。なだめすかしてやっと湖の調査を始めればキャンプ地に未開の自然の洗礼が、大量の毒虫やマラリアとともに来襲します。
 その惨状は本書の裏にある通り、「勇猛果敢、荒唐無稽、前途多難なジャングル・サバイバル78日」。早稲田大学探検部、モケーレ・ムベンベ調査隊11人は、はたして古代恐竜の痕跡を見つけることができたのでしょうか?



【感想】
 私も早稲田大学探検部には縁がありまして、作者の高野氏の話も、モケーレ・ムベンベ捜索の話も、伝説として聞いていました。本書でも登場しますが、この探検部には自浄(?)作用というようなものがありまして、部としての活動が、安定期ともいうような、要は小さくまとまって満足するような傾向が現れると「探検とはそんな小賢しいものではない」というような激しい主張をする探検部原理主義的な大物部員が先輩後輩関係なく澎湃として立ち上がり、また、原理主義者たちの中でも主張の異なる(主張が一致していても)部員たちが正面から激突し(暗躍とか冷戦とかそんなネクラなマネはしません。正面から熱い議論を戦わせるのです。強いお酒が入った時には取っ組み合いのケンカなんかもありました。あれは平成真っ盛りの話なのですが、今思うと、なんだか昭和な感じですなぁ)、そんな衝突から激しい探検アイデアが生まれ、部の活動が活発化していく、という、面白いバイオリズムを持っていました。


 おそらくは、モケーレ・ムベンベ探しという破天荒な夢を実現させたのも、そんな活発化の過程だったのでしょう。


 破天荒な夢はすばらしいのですが、実際に行ってみると現地では凄い苦労と疲労と飽食の時代に珍しい飢えが待っている、というのも探検部の特徴です。旅行じゃない、探検なのだから当然です。
 本書では、マラリアとか、すさまじい大量の毒虫で体中腫物だらけになるとか、ジャングル独特の苦難に襲われています。ストーリーのメインも、ムベンベ探しと苦労話で二分割されてる感じ。日本人がマラリアに苦しめられるというのは、太平洋戦争のガダルカナル島とかくらいしか知りません。「戦後」という区切りすら遠い昔になっている時代に、日本の若者がアフリカでそんな病とたたかっていたなんて、「時代錯誤」という字を当てはめてみたくなります。
 そんな苦労をしてまで得たいものが、怪獣ムベンベを見たい、というのですからもはや常人の理解を軽く2メートルは超えていますね。この2メートルくらい超えてるところも、探検部の特徴なのです。


 激闘(食糧不足で飢えに悩まされて不活発な「激闘」でしたが)70日の末、探検隊はキャンプ地を撤収、帰国の途につきます。直前、地元の古老にムベンベに関する聞き取りを行い、ムベンベという存在に関する根本的な情報を得ます。とらえようによっては、今回のムベンベ捜索活動全体の根幹を揺るがしかねない重大な情報だったのですが、この時の隊長(作者)の感想がカッコ良かった。
 「やられたな、という感じである」
 淡泊です。激闘して、やるだけやった後に訪れる、悟りの境地ともいえる淡泊さ。彼らには「好漢」という称号を奉りましょう。好漢なんて、水滸伝梁山泊に集まる人たちくらいしか思いつきません。いまどき珍しいタイプの人物です。私もこんな男になりたかった。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点
読後に何かが残った感じがするか…3/5点(根性とも違う、根性ぽいものが)
繰り返し読めるか…3/5点(間を空けて読み直せば、再度得られるものも多いでしょう)
総合…4/5点(これぞ、ザ・探検部員です)


幻獣ムベンベを追え (集英社文庫)
高野 秀行
集英社
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