日本代表の冒険 南アフリカからブラジルへ

南アフリカ大会、日本代表初戦の生放送を、多大な諦念を以て迎えていた人へ、あるいは、初戦だけは一抹の期待を以て迎えていた人へ

  • ISBN(13桁)/9784334036072
  • 作者/宇都宮徹壱
  • 私的分類/サッカー(ルポ)・日本代表(男子)
  • 作中の好きなセリフ/

それでも彼らが、フットボールやスポーツの枠をはるかに超えたムーブメントを日本中に巻き起こし、なおかつこの国が抱え続ける閉塞感に辟易していた国民に、久々の高揚感と一体感を与えたという歴史的事実については、十分に銘記されてしかるべきである。


日本代表の冒険 南アフリカからブラジルへ (光文社新書)(←同作品を扱う他ブログへ)


【私的概略】
 ワールドカップ南アフリカ大会を現地で取材した宇都宮氏が、大会中、スポーツポータルサイトスポーツナビ」に『日々是世界杯2010』と題して毎日更新していた取材記事をベースにして、大幅に加筆、修正したのが本作品です。
 内容は、現地での日本代表の戦いを中心に、会場と周囲の盛り上がり、決勝トーナメント以降の強豪国の対戦レポート、マラドーナ監督、ドイツVSイングランドの幻のゴール、ウルグアイフォルランの活躍、スペインの優勝、等々、「日本人にとって幸せだった南アフリカ大会」を振り返って、もう一回幸せな気分に浸ることができます。



【感想】
 宇都宮氏は、世界のサッカーを取材してまわる有名なサッカージャーナリストです。特徴としては、日本国内リーグ、特に地域リーグやJFL(プロサッカークラブから見ると、Jリーグの下部組織的な位置付け)の取材にも力を入れていること(松本山雅FCというクラブがJリーグを目指していることとか、松本山雅FCが戦う信州ダービーの熱戦とか、この人の記事で初めて知りました)や、日本代表関連の記事では代表に対してソコソコ好意的な内容を書く人です。机上論に偏らない、地に足が着いている人という印象があります。


 日本のグループリーグ初戦は、対カメルーン。代表の前評判は惨憺たるもので、ワールドカップだというのに、初戦の前日になっても日本中が深い諦念の中にいました。生中継は深夜で、確か次の日は平日という、サラリーマンにとって逆境なコンディションだったと記憶しています。私は職場で「モチロン生中継で観戦ですよ。モチのロンでしょ(古いセンスです)! だって日本が勝つもの」と言い切って、同僚たちをひかせていました。言い切った私も確たる根拠があったわけではなく(あの頃の代表の成績の悪さを考えれば、根拠なんて持ちようが無かったですよね)、「過去のワールドカップでは、日本代表の成績に対するマスコミの予測・希望が高い確率でハズレている」から、「今回は逆に可能性アリ」というような、半ばヤケクソの予想でした。
 本作品で、私が一番心を動かされたのも、初戦前日の岡田監督会見後、著者がブルームフォンテーンの夕空を見ながら黙想した場面です。
 『いずれにせよ、事ここに至って、小手先だけの選手起用やシステム変更では、もはやどうにもならないのである。問われるのは、この2年半にわたる岡田政権の是非であり、今となってはそれを信じるしかない。』
 その通り、あの時はもう「ここが失敗だ」とか「失敗の原因は誰それの不明にある」とかいう記事を読む気にもなれず、ただ信じるより仕方が無かったです。この人の感想は、私の感想に割と近いので、「幸せな思いでを振り返る」には絶好です。


 他にも、オランダ戦での中村俊輔起用に関する感想も、私の思いに近いです。
 あの試合、確かに中村俊輔はチームにフィットできていませんでしたが、翌朝のWeb上の記事では、あちこちで酷評されていて驚いたのを覚えています。
 本作でも『しかしながら「やる気が感じられない」とか「もう試合に出すな」という批判には、いささか承服し難いものを感じてならない。』という大前提で、中村俊輔起用の謎について考察しています。


 以上のトピックについて似たようなご意見をお持ちだった方には、本作品は、お薦めです。


 ただし、一つだけ、大きな問題が。
 それは、本作品の紹介文、『スポーツポータルサイトスポーツナビ」に『日々是世界杯2010』と題して毎日更新していた取材記事をベースにして、大幅に加筆、修正』です。
 スポーツナビの『日々是世界杯2010』を、当時の私は毎日読んでいましたが、「大幅に加筆、修正」した個所が全く分からない、というのが私には不満です。プロローグとあとがきに、南アフリカ大会の翌年に行われたアジアカップのルポを載せているのが「加筆」に該当するのかもしれませんが、それだけでは「大幅」といえる量ではありません。多分、他にも加筆修正した個所はあるのでしょうが、加筆前後で作品に対する読者の印象が変わらないのでは、「大幅な加筆修正」とは言えないと思います。何よりも、『日々是世界杯2010』で宇都宮氏が言っていた『今大会における日本代表の総括については、いずれ日を改めて言及すべきだろう』に対する「日を改めての総括」が、本作品の「加筆部分」に見当たらないのは、空振り感を増幅します。


 『日々是世界杯2010』をWebで無料で見た人間が、本作品に千円近く払うというのは、少しアンバランスな気もします。まぁ、『日々是世界杯2010』ほどの豊富な内容を無料で見られたというのが、そもそも驚くべき格安なのですが。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点(気楽に読めます)
読後に何かが残った感じがするか…3/5点(あの時の興奮がよみがえりますね)
繰り返し読めるか…4/5点(日本代表の躍進を何度でも振り返ることができます)
総合…3/5点(「スポーツナビ」に掲載されてた記事との違いが、イマイチ分からなかった)


日本代表の冒険 南アフリカからブラジルへ (光文社新書)
宇都宮 徹壱
光文社 (2011-02-17)
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