サッカープレーヤーズレポート 超一流の選手分析術

自分や自分の子供を立派なサッカー選手にしたい人へ、あるいは、トーレスよりもイニエスタの人気が高い理由が分からない人へ

  • ISBN(13桁)/9784862550859
  • 作者/小野剛
  • 私的分類/サッカー(評論・日本代表)・教養(スポーツ観戦)
  • 作中の好きなセリフ/

まずは誤解が多いようなので断っておくと、「武器」(あるいは「個性」)と「基本」はORの関係ではありません。「基本」をしっかりと身につけさせると、スピード、高さ、強さ、ドリブル、シュートといった自分なりの武器を磨けないじゃないかという発想は、もう古い。基本重視よりも個性重視という議論も、そろそろ終わりにしましょう。



【私的概略】
 筆者の小野剛氏は、日本サッカーに、スカウティング(対戦相手や味方選手の分析)を確立させた人物です。アトランタ五輪ではブラジルの弱点をあぶり出し、「マイアミの奇跡」を起こすきっかけとなりました。日本サッカー協会技術委員長、FIFAインストラクターを歴任。
 日本サッカーの若年層育成にも尽力し、U−12への8人制サッカー導入にあたっては、布啓一郎氏と共に、関係者への説得調整にハードワークした人物(らしい)です。


 本書の内容は、
 グッドプレーヤーの条件
 →シャビやイニエスタのプレースタイル、W杯南アフリカ大会を主な事例として説明
 現代サッカーにおいて選手に求められる能力(ポジション別に)
 →W杯南アフリカ大会から主に事例を挙げて説明
 サッカーのトレンドの変遷と、その中での選手に求められる仕事の変遷
 →1950、60年代〜トータル・フットボールマラドーナプラティニミランバルセロナ
 今後、日本サッカーが世界のトップ10になっていくための方策について


 これからの選手に求められるのは、「ORの発想」(個人か組織か、規律か自由か、攻撃か守備か)ではなく、「ANDの発想」(チームの秩序や規律が整っているという大前提の上で、個々が輝きを放つことでようやく勝利を得られる)であり、これはサッカーに限らず物事の進化の過程で発生する必然の流れである、とのこと。
 つまり、この後、「ANDの発想」の先へ、さらに進化していくということですね。




【感想】
 「超一流の選手分析術」「スカウティングのプロが進化系プレーヤーを徹底分析」表紙に羅列される宣伝文句。現在の戦術の流行から選手に求められるタスクと、それをクリアするために必要な能力が、分かり易く列挙されています。書かれていること一つ一つは、他のサッカー雑誌にも断片が載っていることですが、選手評価の観点から収集され、列挙されている本は少ないです。Chapter4の終わりに、10頁弱にまとめられているのもありがたい。試合観戦時に利用できます。


 さすがはスカウティングを確立し、FIFAインストラクターまで務める小野氏です。
 しかしながら、私が注目したのは、サッカーからその先の世界への広がりです。小野氏の前作「サッカースカウティングレポート」の時もそうでしたが、「サッカーを通して得たものが、サッカー以外の一般社会に援用できてしまうような」気付きを得られる部分が多いです。
 技術・戦術論をメインに据えた作品は他にいくらもありますが、「サッカーマニアの本」に終始している、それら他作品との違いを際立たせていると思います。


 例えば、
 W杯南アフリカ大会の日本代表。岡田監督の「ベスト4」発言が散々マスコミの嘲笑を浴びましたが、なぜあの時「ベスト4」を本気で目指そうとしたのか。
 『監督が小姑のように細かく命令を言い続けて選手が「それじゃ、やるか」というのでは話にならない。選手自身が高い意識を持ち、それぞれが自分の内側から沸き上がってくる考えに従ってプレーしない限り、本当の意味で変わることにはならないだろう。』という発想から、「本気で世界のトップ4を目指してみないか」と選手たちに問いかけ、選手達に「目標シート」を書かせ、自分の大目標と、今の自分のギャップ、そのギャップを超えるための方法を考えさせたのだそうです。『そして1日1回でいいから、それを見て「今の自分でいいのか」と、自分に問いかけて』いくことで、選手が劇的に変わっていったとのこと。


 W杯直前のクライフ氏へのインタビューで、さるインタビュアーがバカ正直に(あまりキツい言い方をしたくないですが、あれは「バカ正直」と評して間違いないでしょう)、「日本はベスト4を目標にしていますが、どう思われますか?」と質問して、聞き間違いかと思ったクライフ氏が「ベスト4ですか?」と聞き直して困惑顔になったのを見て、視聴者たる私がいたたまれない気持ちになったのをよく覚えています。
 戦術論に終始すれば、クライフ氏に聞くまでもなく、ベスト4は間違いなのです。しかし、選手の内的動機を揺さぶる、モチベーションマネジメントの観点から言えば、正しかった、という話ですね。
 私が本作を読んで心を動かしたのは、そういったところです。
 各国のサッカーの特徴として、「イタリアは守備の文化、スペインは攻撃的」というのがありますが、「日本はマネジメントが得意」ということかもしれません。単なるサッカー好きとしては、なんとも面白味に欠ける長所かもしれませんが、サッカーと一般社会が通じやすい特徴と言えます。


 もう一つ印象に残ったところを。
 諸外国のチームと日本との比較で、「もっとエゴイスティックにならないと」という日本人サッカー選手の特徴へダメ出しする意見がよくありますが、小野氏に言わせれば、献身性や協調性がサッカーに生かせないなんてのはナンセンスだと。
 しかし、この日本人自身の自分へのダメ出し傾向はサッカーに限らず『あらゆるジャンルで「だから日本はダメなんだ本」が目に飛び込んできます。そして、その度に「もっとポジティブに生きていこうよ」と思わずにはいられません。それに加えて、「粗探し」が溢れ返っているように感じます。粗探し全盛時代と言ってもいいかもしれません。』「あら探し」傾向が育成年代にも押し寄せつつあることに、小野氏は危惧するのです。
 この半年、私も似たようなことをずっと思っていました。会社で新しいことをしようとすると、上下左右から「あら探し」が始まって、「結局何もしない・できない」的な結末になってしまう、というような。
 こんなんだから日本はダメなんだ!……アレ?




【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…4/5点(多少頭を使いますが、読めます)
読後に何かが残った感じがするか…4/5点(単なる娯楽スポーツにとどまらない視点が)
繰り返し読めるか…4/5点(繰り返し読まないと定着しないでしょう)
総合…4/5点(ある意味、サッカーマニアを更生させる要素も)

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