夜は短し歩けよ乙女

マンガ「さよなら絶望先生」とか好きだった人へ、あるいは、いつも心の中で自分と会話したりしてるへ

  • ISBN(13桁)/9784043878024
  • 作者/森見登美彦
  • 私的分類/面白い本
  • 作中の好きなセリフ/

唐突に逃げ出した自分は、彼女の目にどう映っているであろう。よほど理解不能のヘンテコ野郎と思われたに違いない。
「恥を知れ! しかるのち死ね!」



【私的概略】
 京都の大学で三回生になった「私」。大学のクラブの後輩に想いを寄せる「私」は、それまでの無為で妄想まみれな学生生活を後悔し、彼女の心を掴んで「薔薇色のキャンパスライフ」を我が手中にするべく、迂遠きわまりない慎重な計画を練ります。
 京都を舞台に、春の先斗町、夏の下鴨古本祭り、秋の大学祭と、天然ぼけ気味な彼女を追いかけ続けて「彼女の後ろ姿については世界的権威」になるほど彼女との外堀を埋め続けた妄想男が、冬の今出川通り「進々堂」で得たものは何だったか?
 詭弁論部、ご飯原理主義者、韋駄天こたつ、正体不明のお金持ち、等々、奇っ怪なる人物群が脇を固めて、単なる恋愛話にさせないところが、読者をして驚嘆せしめるのです。




【感想】
 面白いですね。直球の笑いは誘いませんが、クスクスと忍び笑いをしてしまう面白さです。純粋に面白さだけを楽しめる本でした。


 学生が主人公なだけに、大学特有の変なサークルが多数登場して、その変さ加減が実在しそうな、それでいて現実離れしているような、ちょうど良いサジ加減なのも◎です。詭弁論部の詭弁踊り、ご飯原理主義者、パン食連合なんて、実に素敵なサークルではないですか。そういえば、私の母校にもバンザイ同盟というサークルがありましたが、中世ドイツの都市連合を思わせる深遠なネーミングセンスに震撼したものです。
 もちろん加盟したいとは思いませんが。
 その他にも、天狗を自称する飄々たる謎の書生、3階建て豪華路面電車風の動く城に乗って先斗町を自在に闊歩するお金持ち、パンツ総番長、こちらは完全に実在しなさそうな人物たちも、ストーリーを突拍子もない内容にするために必須の存在。この突拍子も無さ加減は、なんとかいう名前の漫画週刊誌に連載されている「さよなら絶望先生」を思わせます。


 奇態な人たちが少し古風な言い回しと文体で活躍する有様が、夏目漱石我輩は猫である」みたいな感じなのも本書の特徴。人によっては読みづらいかもしれませんが、少しキツいのは第一章だけ。二章以降は十分許容範囲内だと思います。むしろ、この少しだけ古風な感じが京都な感じで良いですね。


 さらにもう一つの特徴は、主人公の男の妄想具合。圧巻は、自分の心の中にある議会に対して、自分が「彼女へのお付き合い申込み」議案を提出する場面。(自分自身なのに)議案に対して怒号と罵声を浴びせかける(自分自身の心の中の)満場の論敵たちに向かって、主人公はかすれた声で(心の中に)叫びます。


 「−諸君はそれで本望か。このまま彼女に想いを打ち明けることもなく、ひとりぼっちで明日死んでも悔いはないと言える者がいるか。もしいるならば一歩前へ!」議場は水を打ったように静まり返った。


 他人から見ればバカバカしいことを、大げさに嘆いたり重々しく大真面目に(心の中で)議論することこそが妄想の妄想たるところ。私も学生の頃に心当たりがあるだけに、バカバカしい声涙ともに下る大演説に思わず感動してしまいました。
 そして懐かしさも。「あぁ、そういえば、私も学生の頃までは、(心の中に)論敵だらけの議場があったなぁ。でも私の場合は鎌倉幕府みたいな舞台だったけど。あれはマンガ日本の歴史の読み過ぎだったかしらん」と。
 いつの頃からか議場は心の中から消えてしまったけれど、それが何故なのかトンと心当たりが無い。サラリーマンになり、妻を持ち、父親になりして、忙しくなったせいなのか。なんだか自分が、議場を失くしてしまった分、ツマラナイ人間に近づいたような気がして、「あぁ、なんだかイヤになった。酒でも飲もうか」と思いました。


 私は妄想を無くして普通のオッサンになり、本作の作者は妄想を維持し続けて日本ファンタジーノベル大賞に輝いた、ということで、作者の薔薇色の未来を心から祝福したいです。




【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点
読後に何かが残った感じがするか…2/5点(無くもない、しかし、それが何かは分からない)
繰り返し読めるか…3/5点(時間を空ければ可能)
総合…4/5点(面白かった)

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