火天の城
たいていの「信長もの」を読みつくした人へ、あるいは、星一徹級の父親を持つ人へ
以俊は苦笑した。父親がこんな剽げた面を、若い頃から見せてくれていれば、さして衝突せずにすんだろうにと思った。
しかし、それを見せられぬからこそ父なのだと思い直した。
【私的概略】
信長の安土城築城にたずさわった大工たちの技術者物語。
又右衛門は熱田神宮の宮大工です。桶狭間の戦勝御礼に信長が寄進した、熱田神宮の門と塀の出来ばえを信長に気に入られ、織田家のお抱え大工になり、岐阜城築城などに従事しました。
信長の領地は拡大し、近江の琵琶湖畔に、天下の主催者に相応しい城を作ることになりました。安土城です。前代未聞の7重天守に南蛮風の外観。山一つ全体を石垣で囲む巨大な城の建築は、多くの技術者を動員する古今未曾有の巨大プロジェクトでした。
一徹者の又右衛門を理解できずに反発する息子。又右衛門の足を引っ張ろうとする元足利家御大工。信長や又右衛門の無理な要求を職人的意地からはねつけたり実現しようとやっきになる瓦職人や石垣職人たち。妨害をたくらむ甲賀忍び。意地利害好悪入り乱れて、このプロジェクトは、いかなる結末を迎えるのか。
【感想】
感動しました。父親として、また、仕事で働く人間として。
又右衛門は多くの大工を使う頭領です。多くの人間を使っている以上、いさかいや、そのほか様々な問題が発生するのは、古今問わず起こり得る話。働く人の多くが心当たりのあることです。怒鳴り散らして粉砕するかのように問題を解決し、解決できないものはグッと呑み込んで腹に収める。その辺も働く人にとって心当たりのある話。腹に収めたら、その分眉間に我慢のシワが増え、収めた苛立ちが家で暴発しないように必死になれば家でも仏頂面になる。私の父親は城ならぬダムを築く仕事でしたが、会社で抱えたイライラを家庭では露ほども見せない男でした。私が会社員になってから振り返って、エラい男だったなと思いますが、そんな父親でも仏頂面までは消せませんでした。思春期の頃、父親の仏頂面が理解できなかった世間知らずの私は、父親の態度が不安で、また同時に、苛立ちを覚えていました。今や私が父親の立場で、(自分の父親ほど厳しい職場にはいませんが)かつての父親と同じように時折仏頂面になっている自分に愕然とし、いずれ娘たちに敬遠されてしまうことを覚悟しています。
本作の主人公、又右衛門は、そんな不器用な父親像が巧みに描かれていて、父親読者のハートをグっと鷲づかみにします。私は読んでいて2度ほど涙腺が緩みました。
メガプロジェクトの苦悩。離反する息子。理解する奥方。今気付きましたが、本作は父親目線の話なんですね。父親以外の人は、将来父親になる時の予習として、あるいは自分の伴侶を理解する契機として、本作を読んでいただけると良いですね。
【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点(軽く読めます)
読後に何かが残った感じがするか…4/5点(父親の一典型を見た)
繰り返し読めるか…3/5点(間を空ければ)
総合…4/5点(プロジェクトを進める者の心構えすら得ました)