一刀斎夢録 (下)

最近気が弱くなっている人へ、あるいは、何かものすごく極めた道がある人へ

  • ISBN(13桁)/9784163298504
  • 作者/浅田次郎
  • 私的分類/歴史小説(幕末・維新)・いぶし銀な男の話(ハードボイルド風)
  • 作中の好きなセリフ/

のう、梶原。
わしはおぬしが、さなる連中とは物がちがうと踏んだ。軍人ゆえに潰してもよいと思うわけではない。鬼の話を聞いても剣を捨てず、むしろそれを剣の極意と信じて天下無双の名をほしいままにする者のあるとせば、おぬしをおいてほかにおるまいて。


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【私的概略】
 新時代である明治が蓋をして覆い隠した、旧時代である武士の時代。かつて新撰組三番隊の隊長で、鬼と畏れられた斉藤一が、クールでどこか突き放したように語る、旧時代の話。梶原中尉は魅入られたように連夜、酒を土産に斉藤老人のもとへ話を聞きに行きます。


 江戸から、甲府、やがて会津へと敗走を重ね、新撰組が消滅に至る顛末と、生き残った隊士たちのその後。鬱屈したものを抱えたまま警察官になった明治時代。多くの敵味方の死を通して「死ぬは勝ち。生きるは負け」と思い定めた斉藤は、死に場所を求めて、西郷隆盛たち不平士族が引き起こした西南戦争に出陣します。
 上下二巻の下巻。



【感想】
 浅田氏の新撰組代表作「壬生義士伝」に引きずられ過ぎて、本作について、なかなか適切な表現を見出せませんでしたが、上下二巻通して「ハードボイルド」なんです。ことに下巻は、敵の猛攻を受けて新撰組が四散し、その中で敵を何人も斬りながら生き残ってく話ですから、ますますハードボイルドです。
 そして、ハードボイルドらしく終わりが哀しかったですね。ある意味衝撃の結末なので内容は読んでのお楽しみですが、結局、斉藤一は鬼でした。それも哀しい鬼です。哀しい鬼なのだから血も「涙」も無いタイプの鬼とは違いますが、ハードボイルドの主役らしいタイプの鬼でした。


 ― これ。身をこごめて頭を抱えるは致し方ないが、耳を塞いではならぬ。心鎮めて雨音を聴くがごとく、わしの声に耳を欹てよ。 ―


 斉藤老人の話を連夜聞き続けた梶原中尉は、哀しい終わりにさしかかった時、まるで鬼の言葉が耳に入るのを恐れるかのように、恐怖に怯え、うずくまり、耳をもふさごうとします。この辺りの描写が私はスゴく好きです。
 この段をことさらに鬼面オドロオドロしい描写にして読者をコケ脅しに脅すことなく、むしろ淡々と斉藤老人に語らせることで、かえって梶原中尉の恐れを読者たる私に自由に(際限無く)妄想させ、鳥肌が立ちました。
 時々、「巧い作家」というのを軽視する風潮がありますが、それでも私は畏敬の念を込めて、浅田次郎氏は巧い作家だと思います。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…4/5点(やや重い)
読後に何かが残った感じがするか…4/5点(残ったような気がする)
繰り返し読めるか…5/5点(読める)
総合…4/5点



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【関連】
一刀斎夢録公式サイト(文藝春秋社/浅田次郎)