一刀斎夢録 (上)

気が弱くなっている人へ、あるいは、自分は自慢話が多いと反省している人へ

  • ISBN(13桁)/9784163298405
  • 作者/浅田次郎
  • 私的分類/歴史小説(幕末・維新)・いぶし銀な男の話(ハードボイルド風)
  • 作中の好きなセリフ/

 教官は俺の耳をつまんで口元まで引き寄せた。それから、いかにもおぞましげな震える声で囁いた。
「その実は会津藩士でもないらしい。御一新の前の名は、斎藤一新選組斎藤一だ。わかったな。わかったら金輪際かかわるな。教わったことはすべて忘れろ」


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【私的概略】
 剣術大会のライバル、榊原警部が師とする人物の言「剣の奥義は一に先手、二に手数、三に逃げ足の早さ」。その言葉に興味を持った梶原中尉は榊原警部をしつこく問い詰め、師の正体を知ります。かつて新撰組の三番隊隊長で、鬼と畏れられた斉藤一だったのです。


 新時代である明治が蓋をして覆い隠した、旧時代である武士の時代。斉藤一老人のクールでどこか突き放したような語り口を通して、生き残った明治の顕官たちの過去や、生き残れなかった歴史上の人物たちが、梶原中尉の前に現れます(注意:幽霊話や怪異話ではありません)。


 上下二巻の上巻。新撰組の顛末。京都時代から、新政府軍に敗れて江戸に敗走するあたりまでを中心に。



【感想】
 『梶原中尉はおかしなことに、明治という元号が永遠に続くものだとばかり思っていた−』お話の出だしが良いですね。軽くめまいがしました。本の帯には大きく「新選組 三番隊長・斉藤一」の文字。斉藤一といえば、数年目の大河ドラマで、小田切ジョーが演じてました。剣が凄くて格好良いけど陰のあるサムライなイメージです。ということになると、本作のイメージも、江戸末期から明治初年を舞台に、斉藤一がクールなサムライ人生を全うする話かと思ったら、スタート時点で既に明治時代が終わってますから。。。こういう、予想をひっくり返すスタートは好きですね。


 浅田次郎氏の新撰組で代表作といえば、「壬生義士伝」。義士伝は終始、良い奴達の哀しい話で、泣かせてくれますが、本作は泣かせてくれません。斉藤一も「壬生義士伝」では「不良だけれど実は良いヤツ」な感じで読者をホッとさせてくれましたが(そういえば、あの時もホッとはしたけれど斉藤一の段では泣かなかったような)、本作は違います。少なくとも上巻では、斉藤一は偏屈で、純度99%(残り1%は実際に読んで探して下さい)の人斬りです。とても読者をホッとさせる人ではありません。というわけで「壬生義士伝」パートⅡな泣かせる要素を期待するなら外れなのです。


 泣かせる話ではないとすると、本作は、いったいぜんたい何の話なのか? あっさり言えば、困難な時代を潜り抜けて生き残ったサムライの話です。困難を耐え忍んだわけでもなく、正々堂々敢然と挑んで克服したわけでもなく、「潜り抜けた」話なのです。斉藤一の話には、いかにも潜り抜けた人独特の強さや誇らしさが横たわっています。例えば、老人になった斉藤一が、剣の勝ち方について「一に先手、二に手数の多さ、三に逃げ足の早さ」と述べますが、「三に逃げ足の早さ」を平然と挙げるあたりが、生き残った者としての自信や強さの表れだと思いました。


 本の売上的には「壬生義士伝」に及ばないかもしれません。しかし、この困難な御時世、「克服せよ」的正々堂々なかけ声は溢れ返っていますが、私のような小市民は、斉藤一的な潜り抜けの強さも見習いたいところ。潜り抜け的強さをもった一人一人が連携して、困難を克服したいものです。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点(読めます)
読後に何かが残った感じがするか…3/5点(残ったような気がする)
繰り返し読めるか…5/5点(読める)
総合…4/5点



一刀斎夢録 上
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【関連】
一刀斎夢録公式サイト(文藝春秋社/浅田次郎)
一刀斎夢録を構想した経緯や、新選組年表、京都マップ、著者インタビュー等、満腹です。