偽書「東日流(つがる)外三郡誌」事件

「東日流」の読み方が分かる人へ、または、「私は騙されやすい」という人へ

  • ISBN(13桁)/9784404037824
  • 作者/斉藤光政
  • 私的分類/ルポ(日本の歴史)・史実を知る
  • 作中の好きなセリフ/

「私たちは、ともすれば、優しい心をもつ。だれに対してでも、優しくありたいと願う。そして、ともすれば、常識性のなかで、ことを判断し、処理したいと願う。できれば、あらそわずに、事をおさめたいと願う。しかし、この優しい精神は危険である。常識性を、はじめから無視する人、あらそいを厭うよりもむしろ好む人は、この優しさに乗じて、人心を支配する。優しさのゆえに、沈黙してはならない。独断と、歪曲と、ゆえなき批判攻撃とに、真実にいたる道をゆずってはならない」


偽書「東日流外三郡誌」事件 (新人物文庫 さ 1-1)(←同作品を扱う他ブログへ)


【私的概略】
 謎に包まれた東北の古代・中世の歴史が記されている。しかも、その内容は、これまでの日本の歴史を書き換えてしまうくらい衝撃的な内容だ。という「東日流(つがる)外三郡誌」は、一時期、多くの素人歴史愛好家たちを大いに興奮・困惑・混乱させました。
 「発見者」の和田某氏によると、古民家の屋根裏から発見された古文書だという触れ込みで、その内容は、江戸時代、津軽安東水軍の末裔と発見者の先祖が津軽地域から丹念に収集した地域伝承、とのことでした。


 多くの学者たちは一瞥してその「古文書」を偽物と判断し、見向きもしませんでした。ところが、地元自治体が地域史を編纂する際に採用され、さらには、日本を代表するクラスの大物政治家までが巻き込まれたり、書店の地方史の棚には「東日流(つがる)外三郡誌」関連の書籍がズラっと並んだり、あたかも本当の歴史であるかのように浸透していきました。


 状況を見かねた有志が「東日流(つがる)外三郡誌」を詳細に検証し、
 発見の経緯に多くの不審な点があることや、江戸時代に書かれた内容と仮定した場合の矛盾点の数々、筆跡が発見者の筆跡と非常に似ていること(発見者の創作物である可能性が高い)等、多くの疑問が挙げられました。
 最終的には、偽物であることがほぼ確定しましたが、「発見者」とされた和田何某氏の死により、全てを解明することは不可能となっています。


 本書は、青森の地元新聞社「東奥日報」記者が、丹念に取材した「東日流(つがる)外三郡誌」騒動の一部始終をまとめたものです。



【感想】
 今から10年近く前の話です。地方史の本を読むと興奮するという異常体質の私は、東京八重洲にある八重洲ブックセンター(ビッグな書店です)の地方史コーナーで衝撃を受けました。地方史の棚に、「東日流(つがる)外三郡誌」関連の本や、あるいは、一見無関係そうな表紙なのに実際は「東日流(つがる)外三郡誌」を参考書籍とする歴史物語や地方伝承集がいくつも並んでいたのです(無論これは書店の罪ではありません)。
 私も初めて知った時は興味を持った人間ですし、安藤水軍なる津軽の水軍がシベリアや朝鮮半島まで交易に出かけたなんて素敵な話はできれば信じたい。しかし、内容が錯綜していて意味が分からない。あまつさえ『天は人の上に人をつくらず』なんていう福澤諭吉の名文をパクっているとか、ダーウィンの進化論が登場するとか、変な情報が入って来て一発で幻滅しました。


 そんな怪しいモノが、どうして多くの人に支持され、本当の東北の歴史に爪跡を残してしまうような惨事を引き起こしたのか。その辺の事情が分かります。一番面白かったのは、「東日流(つがる)外三郡誌」が「発見された」とされる家の中を、作者が実際に探訪した場面。自称「発見者」である和田氏の生存中は、和田氏を支持する人ですら家の中には入れませんでした。ある意味、怪しい古文書の本拠地なわけで、これほど怪奇な雰囲気をまとった屋敷は他にありません。しかし実際に訪れてみると何の変哲も無い(奇跡の古文書が隠される余地も無い)民家だった、というのは、当然のような拍子抜けのような、妙な気分になりました。


 この本は面白いです。本書の作者は、数々のジャーナリストの賞を受賞したほどの記者らしいですが、取材が丹念です。読んでて状況がよく伝わります。ルポとかドキュメンタリーとかに限らず私たちの仕事でも、現実を相手にした仕事は、対象の現実を丹念に調査しないと内容が全然ダメになりますね。再確認です。
 「東日流(つがる)外三郡誌」騒動は、分からないことがたくさんあって、肝心な「東日流(つがる)外三郡誌」のストーリーそのものも、イマイチはっきりしないという、不思議な騒動でした。本作を読むと、推理小説じみた騒動の一部始終がよく分かり、なおかつ、本当にあった事件だけに作り物とは違う興奮があります。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…4/5点(さほど難しくありません)
読後に何かが残った感じがするか…4/5点(世間というものが)
繰り返し読めるか…3/5点(間を空けて読み直せば、再度得られるものも多いでしょう)
総合…4/5点