うるしの実のみのる国 下

これから米沢観光を考えている人へ、あるいは、一歩前進二歩後退を繰り返している人へ

  • ISBN(13桁)/9784167192330
  • 作者/藤沢周平
  • 私的分類/歴史小説(江戸時代中期)
  • 作中の好きなセリフ/

その粗末ないでたちを見て、なかには目ひき袖ひきする者もいたが、治憲は昂然としていた。若さが周囲の侮りをはね返したのである。いまに見よ、とも思った。だがあれから二十年ほどがたったいまも、藩は先行きも知れない混迷のなかにいた。さすがの治憲も、愚痴のひとつぐらいはこぼしたくなるのだ。


漆の実のみのる国 下 (文春文庫)(←同作品を扱う他ブログへ)


【私的概略】
 徳川時代中期、米沢藩山形県)の窮乏を救った名君、上杉鷹山のはなし。
 上杉謙信以来の名家、米沢藩は借金まみれで、三百諸侯の中でも群を抜く貧乏藩にまで落ち込みました。


 賢才の誉れ高い上杉鷹山を藩主に据え、反対する保守派を除き、ついに改革がスタートしますが、極め付きの貧乏から脱出するのは容易なことではありません。鷹山の片腕、竹俣当綱が遂に、改革政治から脱落します。その後も櫛の歯が抜けるように一人、また一人と改革派家臣が脱落し、改革の成否は、ただ一人、上杉鷹山の双肩にかかっていきます。竹俣が去り、能力が低下した藩政府。折悪しく続いた連年の凶作。借金は以前よりも大きく膨れ上がり、藩士の生活は以前よりも苦しく、米沢藩滅亡の相は歳を追うごとに強くなっていきました。


 上級家臣、下級家臣の壁が根強く立ちはだかる封建体制の下、鷹山は再び有為の人材を登用し、財政難を克服していくことができるのか。
 上下二巻の下巻です。




【感想】
 下巻の主役は、藩の貧乏と対決する上杉鷹山です。
 上杉鷹山の改革政治は、自身がミラクルな政策を連発するという奇跡型の改革ではなく、有能な家臣を周囲の反感を買わないように慎重に抜擢し、有用な案が家臣から出ることを辛抱強く待つという、実に忍耐強い政治姿勢でした。改革政治の目的自体も、単に藩財政が潤うことだけではなく、民衆の生活の安定も視野に入れて(実際には財政が厳しくて理想倒れの面も含みつつ)おり、懐の深い名君だったといえます。


 鷹山の理想は、次の藩主上杉治広に明文化して伝えられ、以後「伝国の辞」として代々の藩主に伝えられていきました。
一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして我私すべき物にはこれなく候
一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれなく候
一、国家人民のために立たる君にして君のために立たる国家人民にはこれなく候
 要は、「殿さまは、民衆の生活のために頑張るのが仕事である」ということです。殿さまは無条件にエライんじゃないんだよ、というわけで、その辺の思想が、藩の学校の名前「興譲館」の「譲る(ゆずる)」の文字にも込められています(この辺の話は本の中にも登場)。高貴な立場の者に謙虚な心を植えつけないと、おごり高ぶってしまって、民衆の心が分からない。そんな状態で何の政治をするつもりだ、というわけです。


 民衆の理想の政治家ともいえる上杉鷹山の改革政治は、最終的にはハッピーエンドといえる成果があったわけですが、本作品は、ハッピーエンドの手前で終了しています。やや唐突な印象です。本作品は藤沢周平氏最後の作品です。病に侵されて体力を失った氏は、当初予定枚数に及ばないところで作品を終了させざるを得ませんでした(その辺りの事情は、本書のあとがきに載っています)。
 藤沢作品は、血沸き肉躍るというよりも、憂鬱や憤りといった、静かな興奮が作品全体を覆うことが多いです。そういう意味では、本作品も、改革が好転の兆しをようやく見せ始めたところで終了としたのは、藤沢作品全体の締めくくりとしてふさわしいのではないかと思います。




【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…4/5点(まぁ、軽く読めます)
読後に何かが残った感じがするか…4/5点(鷹山の粘り強さに感服)
繰り返し読めるか…3/5点(間を空ければ)
総合…4/5点(やや暗い話が苦手な人は3点)

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【関連書籍】
人物叢書 上杉鷹山