憑神

ついてない人へ、あるいは、つぶれそうな会社で働いている人へ

  • ISBN(13桁)/9784101019246
  • 作者/浅田次郎
  • 私的分類/歴史小説(幕末・維新)・泣ける話・面白い本
  • 作中の好きなセリフ/

「喧嘩ってのア、勝ち負けじゃあねぇ。勝ちっぷりと負けっぷりだ」
親爺の言葉を、彦四郎は重く受け止めた。子供ですらわきまえている喧嘩の道理を、侍たちはみな忘れてしまった。


憑神 (新潮文庫)(←同作品を扱う他ブログへ)


【私的概略】
 幕末・維新の頃のお話。別所彦四郎は、当節珍しい知勇兼備の侍です。その才覚を見込まれて、大身の旗本に婿養子入りしましたが、不運な失敗で勘当され、貧乏御家人の実家に出戻り。兄夫婦の家で居候同然の日々をすごしていました。


 失意のどん底の中、常連の夜鳴き蕎麦屋で店の親爺から聞いた「出世稲荷」の話。かつての知り合い榎本釜次郎も、出世稲荷に詣でたご利益で、海軍奉行に出世したと聞いては、あやかりたくなるのは当然の話。たまたま見つけた怪しげな稲荷に、酔った勢いで神頼みをかけます。ところがその神様はなんと、貧乏神でした!


 彼が出世のためにもがいている徳川幕府そのものが、彼の所属する身分「侍」そのものが、足元から崩れ始めた幕末。別所彦四郎は、このドン詰まりからどうやって脱出するのでしょうか。



【感想】
 この本を読んだ後、映画化したのをテレビで観たのですが、本の抜け殻のような出来ばえに、驚きました。映画化しても本の内容が忠実に再現されるわけではない、というのは分かりきったことですが、その代わりに映画版独自の何か(ストーリーとか、監督の解釈とか)が付与されて、逆に、本が持っていた空気が強調されていたりするもの。本の良い印象を持ってから視ただけに、映画版は「う〜む。む。。。」な内容でした。


 で、その本の方ですが、、、
 貧乏神に追っかけられて困り果てる、単純なドタバタコメディーをイメージしていたのですが、方向性は「壬生義士伝」と同じでした。徳川幕府がつぶれて武士がいなくなる時、「壬生義士伝」吉村貫一郎新撰組は、滅び行く徳川幕府の「しんがり」となることに自分の人生の意義を見出しました。本作の別所彦四郎も、同じ場面で悩みます。周りの侍たちと同じように幕府から新政府に鞍替えするのか、それとも幕府に残るのか。そもそも残ったところで自分のような貧乏侍に何ができるのか、と。


 彼の悩みが解けたとき、貧乏神との因縁が消えたのですが、最初は笑い目的の挿話だと思っていたものが、別所彦四郎が結論に至るまでの伏線だったり(別所家伝来の刀の話とか、子供を持つ父親的に思わずうなずいてしまう内容でした)、最後まで止まらずに読ませますね。本当に浅田次郎氏はうまい作家だなと思いました。


 伏線といえば、本作の魅力は、登場人物の多くが、いわゆる江戸っ子であること。軽妙洒脱な言葉遣いが、知らないうちに、ストーリー全体のテンポを良くしています。
 最後、特に上野彰義隊の話なんかは、あまり史実に細かい人が読むと、少々強引なまとめ方だなと思われるかもしれません。ただ、当時から上野や根津辺りにあった家では「自分の家の庭に彰義隊の兵が逃げてきた」等の言い伝えが今も残っています。江戸っ子にとって「彰義隊」は、他の日本人が思っている以上に大きな存在だったようです。そういう意味では、本作は、「壬生義士伝」の江戸っ子バージョン。そう思うと、「壬生義士伝」と同じテーマを扱っているのに、はるかに明るいイメージで仕上がっているのは、その辺りが原因なのでしょう。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…3/5点(電車の中で泣くわけには)
読後に何かが残った感じがするか…4/5点(残ったような気がする)
繰り返し読めるか…5/5点(読める)
総合…4/5点


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