箱根の坂(中)

世の中に行き詰まりを感じている人へ、あるいは、五十歳くらいでやっと子持ちになりたい人へ

早雲には、あるいは馬上天下を切りとるほどの勇気と才があるかもしれない。しかしかれはすこしもそれを露わにせず、かれがいまやろうとしている氏親治世についての基礎固めというのは、すべて礼法の発想から出ている。そのあたり、いかにもこの男の生立にふさわしい。


新装版 箱根の坂(中) (講談社文庫)(←同作品を扱う他ブログへ)


【私的概略】
 応仁の乱の終わりから、戦国時代の幕開けに至る時代。
 後に、北条早雲と呼ばれる人物が、日本で最初の戦国大名へと渋く成り上がっていくお話、上中下三巻の中巻。


 伊勢新九郎(後の北条早雲)の妹、千萱は、駿河静岡県)の守護大名、今川義忠の側室となり跡継ぎ(今川氏親)を産んでいました。しかし、夫の今川義忠が戦で急に戦死したため、未だ幼い今川氏親は今川家相続がスンナリいきません。
 今川家の跡目を狙う新五郎範光と今川家一門。彼らを抑え、今川氏親に相続させるために伊勢新九郎は仲間と共に駿河に旅立ちます。


【感想】
 箱根の坂の魅力的なところは、政治不在による行き詰まりを打破しようとする新興武士の台頭が、有能にもかかわらず活躍の場が無く年齢を重ねるばかりだった北条早雲を救い、やがて早雲が戦国時代の幕を切って落とすことになる、「正義は勝つ」風なエンディングになるところです。


 以下に、この巻で記憶に残った場面をいくつか。


 この巻でも、国人衆という新興の武士が全面に出てきます。
 国人衆というのは、朝比奈氏、蒲原氏、由比氏、といった、いわば新興の地主です。将軍足利氏、管領上杉氏、守護大名今川氏(鎌倉時代室町時代から名前が登場するような武士です)は、祖先の大領地を引き継いだだけの、いわば貴族武家のような存在です。それに対して国人衆は、自分自身で土地を開発し、苦労を重ねて領地を獲得してきました。貴族武家から見れば、国人衆は武士ではなく、国人衆から見れば、武家貴族は畏れ多くて顔を上げることもできない高貴な存在でした。


 伊勢新九郎は、自分の応援する今川氏親が、国人衆に擁護されるように仕向けます。
 国人衆は、か細い存在で、初めは自分の領地を守りたい一心で貴族武家に従っていましたが、貴族武家が領内の政治を行わず、応仁の乱等でグラグラしているうち、次第に力を蓄えていきます。近畿地方の先進地帯では、国人衆が同盟(一揆)を結び、守護大名の畠山氏等を追放する始末です。
 伊勢新九郎今川氏親と反対勢力との争いの様子が、国人衆の成長と重ねられていて、私のような者でも歴史の勉強になりました。


 江戸っ子の先祖、太田道灌もこの巻で登場です。江戸城を作ったことでも有名な太田道灌は、関東管領上杉氏の家老で、貴族武家の側の人間です。しかし、貴族武家から見れば浮浪のような存在だった足軽を編成し、常備軍に仕立てあげました。また、国人衆を重んじて連帯を強くし、結果、平地の合戦で数倍の敵を破るほどの大功を挙げました。
 これが戦国時代なら間違いなく、太田道灌戦国大名にのし上がっていくはずですが、戦国時代になるのはもう少し先の話。逆に、太田道灌の主人、上杉氏は彼を警戒し、だまし討ちしてしまいます。この時代が、室町幕府体制の堅い身分制度と、国人衆による下克上の狭間の時代にある感じが、良く出ていました。


【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点
読後に何かが残った感じがするか…3/5点(当時流行した一向宗や、国人衆の勉強になった)
繰り返し読めるか…4/5点(間を空ければ読める)
総合…4/5点


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