蒼き狼の血脈

チンギス=ハンの子供たちの歴史に興味がある人へ、あるいは、単純明快な話が好きな人へ

西のはて、草原が尽きたところに、海がある。
父が見たいというならば、ジュチ・ウルスをそこまで拡げてやろう。
バトゥは誓った。


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【私的概略】
 チンギス=ハンの孫、バトゥの物語。
 チンギス=ハンの長子ジュチは、出生に関する疑惑から、チンギス=ハンの後継者候補から早々に外されていました。「西へ・・・西へ馬を進めるのだ」父親であるジュチが死の床で遺した思いを、息子バトゥは受け継いで、西へ西へと兵を進めていきます。
 キプチャク族を破り、ヴォルガ河を越えてロシアを服属せしめ、ハンガリーポーランドを撃破し、ひたすら勝ち続けた男は、ついにチンギス=ハンの跡継ぎ争いを「ジュチの子らしく」制するのでした。



【感想】
 バトゥは、モンゴルの兵を率いてロシア・東ヨーロッパを征服した人物です。さらに西ヨーロッパをも征服しようとしていましたが、ちょうどその時、オゴタイ=ハン(チンギス=ハンの後を継いだ人物)の死の報を受け、モンゴルに軍を返しました。
 高校の頃、世界史の先生が「一人の人物の死(オゴタイ=ハンの死)が、世界史にこれほど大きな影響を与えた例は他に無い」とやや感慨を込めて言っていたのをよく覚えていますが、肝心のバトゥがどんな生涯を送ったのか、イマイチ知りませんでした。それを知りたくて本作を読んでみました。


 本作の良いところは、分かりやすいところです。例えば、本作に一貫して登場するストーリーが「チンギス=ハンの跡継ぎ争い」ですが、バトゥ側の人物は良いやつ、反対派は悪いやつです。
 モンゴル帝国の歴史では、チンギス=ハンの後を継いだのはジュチの弟オゴタイ。オゴタイの後は、オゴタイの后ドレゲネが管理して、ドレゲネの息子グユクが継ぎましたが、本作で登場するオゴタイは表裏のある男として、ドレゲネは陰謀の得意な姦婦、グユクはボンクラ息子として描かれています。強くて格好よい男バトゥや、陽性でサッパリした性格のモンケ(バトゥの味方)とはエラい違いです。


 人物設定と並んで、ストーリー展開も分かりやすい。戦いの場面ではハラハラしますが、必ずバトゥが勝つところはテレビ時代劇のカラリとした安心感です。わざわざ本を読んで小難しい思いや憂鬱な気分になりたくない人、娯楽として本を読みたい時にお勧めです。


 もう一つの特徴は、チンギス=ハン後のモンゴル帝国の実情が、この本を読むと私のような素人にも分かることです。彼らが抱えていた矛盾、帝国は急速に拡大するのに巨大な領地を運営する手法が無い、というありさまが、物語の端々に現れます。
 作者の経歴を見ると、東京大学大学院で中央アジアイスラーム史を専攻し、在学中から歴史コラムを執筆していたそうです。詳しくて、なおかつ分かりやすいのは、この辺から来ているのですね。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点(軽く読めます)
読後に何かが残った感じがするか…4/5点(チンギス=ハン後のモンゴルの歴史が)
繰り返し読めるか…3/5点(間を空ければ)
総合…4/5点(分かりやすくて爽快)

蒼き狼の血脈
蒼き狼の血脈
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小前 亮
文藝春秋
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