太陽の塔

昔の恥ずかしい記憶を思い出して落ち込むことが少ない人へ、あるいは、大学生になる人へ

  • ISBN(13桁)/9784101290515
  • 作者/森見登美彦
  • 私的分類/面白い本(八方ふさがり)・泣ける話
  • 作中の好きなセリフ/

諸君。先日、元田中でじつに不幸な出来事があった。平和なコンビニに白昼堂々クリスマスケーキが押し入り、共にクリスマスケーキを分け合う相手とていない、清く正しく生きる学生たちが心に深い傷を負ったのである。このような暴虐を看過することが出来ようか。否、断じて否である。


太陽の塔 (新潮文庫)
太陽の塔 (新潮文庫)
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森見 登美彦
新潮社
売り上げランキング: 2000


【私的概略】
 日本ファンタジーノベル大賞受賞作。
 主人公の「私」は、京都大学休学中の5回生。3回生の時、付き合っていた水尾さんに振られ、ショックで学業から逃亡し、依頼、復学の気力もなく「水尾さん研究」と称して水尾さんの行動を「観察」しています。


 「私」を取り巻く灰色の友人達とのショボくてやや面白の日常、水尾さんを巡るライバル(?)との暗闘、頻繁に回想する水尾さんと太陽の塔の思い出。クリスマスイブが近づき、華やかな気配が濃くなるにつれ、やり場の無い、正体不明で闇雲な衝動が膨らみます。
 イブの夜、四条河原町で炸裂した衝動は、壮大な逆転劇を生んだのか?あるいは、やっぱり不発だったのか?読了しても、その辺は、なかなか分かりません。




【感想】
 面白かったです。主人公「私」の、少し昔風で大げさな語りは、終始おかしさを運んで来ます。しかし、このストーリーを面白いと思う自分の気持ちが、どうもよく分からない。
 色々と作品を分析してみました。


 面白いのは間違いないのです。しかし、どの場面が面白いか、と聞かれると、特に「どこ」、と言うわけではない。
 なんでかな〜、と軽く読み返すと、失恋、灰色の学生生活、留年、行き詰まり、本作品のメインの登場人物は皆、八方ふさがりで、症状を分類していけば、面白さを吹き倒しかねないほどの圧倒的な負のパワーの連続です。
 ファンタジーノベル大賞といえば、夢見る読者に楽しい夢を送る作品に与えられる、夢の大賞だと思っていただけに、これが受賞作とは驚きなくらいです(ある意味、ファンタジーノベル大賞を見直す心持ちです)。


 作品全体を漂う負の妄念を、さらに追求します。
 同じ作者の作品「恋は短し歩けよ乙女」と主人公の灰色具合と妄想具合は一見似ています。しかし、本作の「私」が「自主休学中の5回生」で「女性に振られた後」なのに比して、「恋は短し〜」の主人公が「3回生」で「女性と付き合ってもいない状態」ということで、未来展望の差が(実際には僅かな差ですが)負の大小に密接に関係しているようです。


 これだけ行き詰まった5回生の話を読めば、普通は「この景気の悪いご時世に、わざわざ本を読んでまで暗い気持ちにさせられはツマらぬ」となるところ。なのに何故、「面白い」という印象を自分が持ったのか?解説の本上まなみさんが、ヒントをうまく感想にしてらっしゃいました。


 『大学生の日常ともやもやが、主人公の視点でじっくり語られていきます。
 「デビッド・パッカーフィールド」の時代から、「坊っちゃん」「ライ麦畑でつかまえて」「赤ずきんちゃん気をつけて」……と、いつだって男の子の青春私小説は孤独でせつないのです。』


 お見事、よく分かりました(「坊っちゃん」以外は読んで無いですが)。作者に関する難解文芸論の「あとがき」よりも、よっぽど役に立ちました。
 つまりアレですね。孤独でせつない有様が、自らの在りし日の「イケてない」学生時代とシンクロさせて作品にのめり込ませ、なおかつ、今や家族持ちのオッさんになって物に動じないフテブテしさが、のめり込みつつ上から目線で面白がれるハナれワザ的余裕を与えた、という、のめり込みハナれワザ的な状態だったのです。


 本作品の紹介には、「失恋を経験した全ての男たちと、これから失恋する予定の人に捧ぐ」とありましたが、私も昔は手痛い失恋に涙した身。とてもとても、こんな無責任なことは言えませぬ。失恋の痛手から立ち直れていない人、あるいは、立ち直ったけど繊細な人は、わざわざ追体験して暗くなってもしょうがないから、止めておきましょう。
 あと、これから大学生の希望に胸ふくらませている若人は、これを読んで「こういう事態には近づかない」という予習をしておきましょう。私も子ども達が大きくなった時、予習書として本作を与えようかと思います。




【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…4/5点(時々暗くなる)
読後に何かが残った感じがするか…3/5点(余韻がありますな。ただし、余韻だけです)
繰り返し読めるか…3/5点(時間を空ければ)
総合…4/5点(3、ないし4。面白いことは、面白いのだけど)

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