秋天の陽炎

ついてないへ、あるいは、他人のミスとかに厳しい人へ

  • ISBN(13桁)/9784167634049
  • 作者/金子達仁
  • 私的分類/サッカー(ドキュメンタリータッチ)・モンテディオ山形が登場してる
  • 作中の好きなセリフ/

サッカーは主観のスポーツであり、選手には選手の、観客には観客の、そしてレフェリーにはレフェリーの主観がある。にもかかわらず、レフェリーの主観が評価されることはほとんどないし、日本の場合は、彼らの言葉が表に出てくることもない。黒い服を着た男たちは、文字通り黒子に徹し、周囲の批判にじっと耐えるしかなかった。


秋天の陽炎 (文春文庫)
金子 達仁
文藝春秋
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【私的概略】
 1999年11月、Jリーグ2ndディビジョン最終節、大分トリニータは昇格をかけて、モンテディオ山形と対戦しました。大分は、2002年のワールドカップ会場招致を機に、県知事の肝いりで立ち上げられたチームです。設立当初からの県民の無関心や粗末な施設に耐え、遂にゴール目前までたどり着きました。
 しかし、昨シーズン中位に甘んじていた大分は、今シーズンも昇格は目標ではありませんでした。突然目の前に現れた「昇格」というゴール。大分の選手は激しいプレッシャーにさらされます。
 そして、大分に嫉妬の炎を燃やす、山形の選手達。大分の監督と選手の一部は、山形から引き抜かれた人たちでした。


 希望・緊張・嫉妬・執念、あらゆる感情を巻き込んで、試合が始まります。
 大分の選手達は、大舞台で実力を発揮できるのか?それとも山形が、目前での胴上げ阻止を果たすのか?
 スター不在で、サポーター以外には注目度の低かったこの試合を、スポーツライター金子達仁氏が関係者から丹念にインタビューして、実はとんでもない熱い戦いだったこということをあぶり出しました。



【感想】
 著者の金子達仁氏の代表作『28年目のハーフタイム』では、アトランタ五輪サッカー日本代表における、選手や監督の葛藤を浮き彫りにしました。読み終わった時、スポーツドキュメンタリーというジャンルに初めて接して、感動したのを覚えています。


 本作も、同様です。ただ、前作の華々しい舞台との違いは、下部リーグのスター選手不在地方戦が舞台だったこと。にもかかわらず、感動は、むしろ前作より際立っています。引退間近な選手の昇格にかける執念や大分への愛、批判が集中した審判の「恥じることは一切していない」気高い誇り、アウェイの孤立と戦った山形の選手達の意地、突然訪れた大舞台に自分を失いそうになった大分の選手達の動揺、試合にかかわった人たち全ての熱意があったからこそ、本作を読んで感動したわけですが、その熱意が私に伝わったのは、金子氏の丁寧なインタビューによると思います。


 丁寧なインタビューを積み重ねて彼の強い考えが明らかになっていくというのが、金子作品の特徴です。インタビューにのめり込み過ぎて何だか偏った意見になっているような気がすることも時々ありますが、そして、それが原因で彼の作品を好まない人もいますが(私は意見がハッキリしているのが好きですが)、本作はその辺のバランスは取れていると思います。
 バランスが取れた原因は、審判へのインタビューが、作品の中心に立っているからでしょう。そもそも審判は公平な立場の人物なので、審判へのインタビューが丁寧になればなるほど、本のバランスも公平になる、と、そんな印象を持ちました。


 本作を読んでいて勉強になったのは、「審判は良く見ている」ということです。私たちがテレビを見ていて「誤審じゃないか!」ということがよくありますが、実は観客の一瞬の死角を審判が見逃さなかったからだ、とか、、、実は誤審してたのは私たちの方だったとか、あるんですね。


 以下は余談。私の曖昧な記憶では、当時大分トリニータを率いていた石崎監督は、2年後、川崎フロンターレを率いて、最終節、モンテディオ山形と戦いました。モンテディオは昇格がかかっていました。本作とは逆の立場です。NHKで生放送していたのを私も見ましたが、かつて、大分昇格阻止に燃えた山形のGK鈴木克美が、2年後の試合では、単純な処理をミスして大慌て(私も冷や汗)していました。今考えると、誠に、因果は巡る糸車、人を呪わば穴2つ、ということなんだなと思いました。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点(本も薄いので、物理的にも読みやすくてオッケー)
読後に何かが残った感じがするか…5/5点(審判の思い)
繰り返し読めるか…3/5点(間を空ければ、また)
総合…4/5点

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