成吉思汗の秘密

義経ファンの人へ、あるいは、歴史の謎とかが気になって仕方ない人へ

  • ISBN(13桁)/9784334738617
  • 作者/高木彬光
  • 私的分類/歴史ミステリ(日本・中世)・歴史上の謎を追う(源義経
  • 作中の好きなセリフ/

「成吉思汗という名前を万葉仮名として読み下せば、成吉思汗(なすよしもがな)−むかしをいまになすよしもがなと読めないこともありませんね。この名前は和漢両様の読み方で、静御前へのみごとな返しとなっていますね。これが偶然といえるでしょうか?」
 神津恭介は微笑した。


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【私的概略】
 安楽椅子探偵の日本版。
 東大医学部教授にして名探偵の神津恭介は、盲腸で入院して暇をもてあましていました。
 知的な暇つぶし方法の案出を求められた、友人の松下研三。追い詰められた研三氏が苦し紛れに提案したのは、「源義経は平泉で死なず、モンゴルに逃れて成吉思汗(ジンギスカン)になった。義経=成吉思汗を証明すること」でした。


 証明のための必要条件として神津恭介が設定したお題「源義経が日本で生きていた時期と、成吉思汗がモンゴルで活躍を開始した時期が重ならないこと」が少し調査しただけでアッサリとクリアされ、恭介は本格的に推理を開始します。
 衣川で死んだと云われる義経の首は鎌倉に送られましたが、その首は、本当に義経のものだったのか?衣川で死んだと思われた義経が、実は死なずに北海道まで逃げ延びた、という話が東北地方の各地に残っているのはナゼか?シベリアから満州にかけて「クロー(九郎?)」「ゲンギケイ(源義経?)」という人物の遺跡が存在するのは義経と関係ないのか?


 義経=成吉思汗を否定するライバルの出現。美人アシスタントの登場。入院ベッドからの推理が、最後に衝撃の事件に遭遇し、思わぬ形の大円団を迎えます。



【感想】
 ロングセラーです。私が始めて本作を読んだのは、もう20年近くも前になります。
 義経=成吉思汗伝説は、単なる判官びいきが生んだ幻想だと思っていましたが、この本を読んで「ひょっとしたら、あるかもしれない」180度(厳密には120度くらい)方針転換して、その後の僕の思考に強い影響を残しました。


 それくらい、歴史書や、地域に残る伝説を丹念に調査し、合理的な推理を重ねて伝説の真実に迫る姿勢は真摯です。
 真摯さ、これは大事です。
 歴史作家の海音寺潮五郎氏は「歴史上の出来事を推理するのは、科学とは違う。先に自分なりの結論があって、結論に沿うように推論を重ねてしまうのは、やむを得ないところだ」というようなことを書いていました。つまり、歴史ミステリの推理は、自分に都合の良い方向に導いてしまうのも実は簡単なのです(歴史ミステリを扱うテレビ番組は放送時間が限られてる分、その傾向が顕著です)。その推理の質が高いか低いかの分水嶺は、「真摯さ」しかありません(と僕は思います)。
 何度も登場しますが、海音寺潮五郎氏は、成吉思汗伝説には否定的な立場です。その氏にしてすら「義経が平泉で死なず、北海道まで逃れた可能性は何割かある」と言っています。これは、本作の主張が丹念であることの証と言えるでしょう。


 ちなみに、本作に登場する「丹念な調査」の多くは、本作を書いた高木氏によるものではありません。大正時代、「源義経ハ成吉思汗ナリ」を著した小谷部全一郎によるものです。学会を巻き込んで大論争を起こした小谷部氏の著作は、肯定派、否定派、どちらも完全な決着をつけることはできませんでした。高木氏の本作は、小谷部説の紹介という面も持っているのです。


 最後に、僭越ながら、成吉思汗伝説そのものにたいする私なりの考えですが、
 成吉思汗と義経は似ているところがある、と言われますが、前出の海音寺氏の作品でも述べられていることですが、とても似ているとは思えません。
 しかし、成吉思汗云々は除いて「平泉では義経は死んでいなかった」という可能性は小さくないと思います。この説も物証が決定的に無いのが残念ですが。



【私的評価】
電車の中で気軽に読めるか…5/5点(難しくありません)
読後に何かが残った感じがするか…4/5点
繰り返し読めるか…4/5点(間を空ければ)
総合…4/5点


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高木 彬光
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